先日、エチオピアのモビリティスタートアップ・Dodaiを取材してからというもの、アフリカに行く際に意識して見るようになったのが、現地の交通状況だ。日本は先進諸外国に比べて道路延長や車線数、速度等、様々な要素において“低水準”だなんて言われてしまっているが、そうは言ってもアフリカに行くと、いかに恵まれた交通環境かが理解できるものだ。幹線道路はガタガタだし、公共交通機関は時間通りに運行するという概念がまるでないし。日本で当たり前のようにある「交通権」なんて全く考慮されていないのが現状だと感じるところだ(ただし、それ故に伸び代も大きいと感じる)。
11月上旬〜中旬にかけてのナイジェリア出張に先駆けて、現地に根を張って活動しているKepple Africa Venturesの品田 諭志氏(General Partner)に「ナイジェリアのモビリティ関連のスタートアップを取材したいです」と相談したところ、同社の出資先の一つであるShuttlers(読み方:シャトラーズ)という会社を紹介していただいた。
2016年に創業したShuttlersでは、ナイジェリア最大の経済都市(旧首都)であるラゴス、および首都のアブジャにて“エアコン完備の乗り合いバス”を運行しており、ユーザーは専用のアプリを使って乗車場所と降車場所、および乗車日時を予約することで時刻表通りの快適なバスライフを謳歌できるという。主に「通勤」用途でのユーザー数が着々と伸びているということで、どうも凄そうな会社なのだが、いかんせん現地の交通事情が分からないので、どのような社会的“不”を解消しているのかがいまいちイメージできない。
ということでナイジェリアに降り立った翌日に、まずは体験として現地の移動手段の一つである「Danfo(読み方:ダンフォ)」と呼ばれる乗り合いのミニバスに乗車し、その後でShuttlersのバスを利用させてもらった。先にお伝えすると、これから急成長するナイジェリアにおいて、Shuttlersのようなサービスは「必要不可欠だ」と感じた次第だ。
ポイントからポイントへと毎日通勤するのに適した公共交通機関がない
Danfo体験やShuttlersの話に入る前に、まずはナイジェリアの通勤事情について簡単にご紹介しておく。
日本で「通勤」と聞くと、真っ先に思い浮かべるのは電車通勤だろう。だが、多くのアフリカ諸国と同様、ナイジェリアには日本のような網の目状の地下鉄というものが存在しない。鉄道については、2023年9月に運行開始したラゴスのBlue Line(Lagos Rail Mass Transit)をはじめ、国内主要都市にて複数の都市鉄道等が運行されているものの、集中する人口への抜本的な対処には到底至っていない。そもそも上述のBlue Lineも、本来は2014年前半での完成が目指されていたのだが、州政府の資金不足等を理由に幾度となく遅延し、結果として約10年越しの完成となっている状況だ。
では人々は日々どのような手段で勤務先へと通勤しているのかというと、多くは先述のDanfoや、三輪タクシーのKeKe(読み方:ケケ、東南アジア圏でいうトゥクトゥクのこと)等を利用しているという。少し所得が高い層であれば、UberやBolt(旧Taxify、エストニア発のアプリ)といった配車サービスを使うというが、このように「通勤面において、ナイジェリアには極端な選択肢しかない」と、Kepple Africa Venturesの品田氏は説明する。
「Danfoには基本的にエアコンがなく、決まったルートをベースにしつつも乗客の状況によっては平気でルートを外れて走行するので、定時運行でもありません。つまり、ポイントからポイントへと毎日通勤するのに適した公共交通機関がないのです。Shuttlersは、この中間部分を取りに行っているビジネスモデルになります」(品田氏)
発展途上国では二輪なども多く使われている印象だが、ラゴスにおいては、従来より活用されていたOkada(読み方:オカダ)と呼ばれる二輪バイクタクシーが2022年6月より運行禁止とされているという(個人所有のバイクやデリバリー目的のバイク等はOK)。正確には、州内37行政区のうち中心市街区や住宅密集地がある9つの行政区での運行が禁止されているということで、行政府としてもOkadaの代替となる交通手段の確保が急務とはなっているものの、抜本的な対策は遅々として進んでいない模様だ。
なお、州政府は2020年2月にも特定の行政区や幹線道路等でのOkada及びKeKeの運行禁止を発表しており、その際の理由として「交通安全の確保」を掲げていた。というのも、当時の州政府情報戦略コミッショナーによると、2016年から2019年にかけて国立総合病院で二輪バイクタクシー/三輪タクシーに起因する事故で治療を受けた患者は1万名以上おり、そのうち600名以上が死亡したというのだ。
「見ていただくとお分かりの通り、ラゴスの道路は非常にカオスです。当時は二輪による事故も非常に多く、それがさらに交通渋滞を悪化させる要因になってしまっていたことから、州政府はOkadaの運行禁止措置をとることにしました。2020年当時、東南アジア等で流行っていたスーパーアプリをやろうとしていたスタートアップがナイジェリアにも複数あったのですが、Okadaが禁止されたことによってバイクタクシー事業を縮小せざるを得ず、そういった会社は苦境に立たされることになりました」(品田氏)
ちなみに「Okada」という名称は、日本の「岡田」等といった名前とは一切関係がなく、かつてラゴスのムルタラ・モハンマド空港を航行していた Okada Air(オカダ航空)から来ているという。豪華で快適だったオカダ航空のように、交通渋滞を避けて道路をスイスイと進んで目的地まで乗せてくれる、という意味を込めてOkadaと呼ばれるようになったとのことだ。
運転手や車掌の“サジ加減”でルートや所要時間が変わる世界
品田氏からラゴスの交通事情の基礎知識を教えていただいたところで、早速、現地で頻繁に見かけるDanfoへと乗ってみることにした。ラゴスでは、15名強がギリギリ乗れるくらいの車体のDanfoが、人々をパンパンに詰めた状態で走行している姿を何度も目にする。
ただDanfoに乗ろうと思うのであれば簡単だ。道路沿いに人々が並んでいるのであれば、だいたいはそれがDanfo待ちの行列なのだ。日本で「バスの運行」と聞くと、時刻表通りに決まったルートを巡回することが大前提になってくると思うが、ラゴスのDanfoは様相が異なる。出発こそ定められたバス停からなされることが多いのだが、日本のように丁寧な行き先の看板等なんて基本的には存在しないし、降車場所も基本的にはその時々の乗客の要望に応じて柔軟に(悪く言えば「勝手に」)変化するのだ。もちろん、大まかなルートは決まっているが、その時々の運転手や車掌の“サジ加減”によって、目的地へのルートや所要時間はいかようにも変わりうるというわけだ。
ここで「車掌って何?」と疑問に思うかもしれない。ナイジェリアのDanfoには、基本的に運転手と車掌が運行責任者として存在する。運転手は通常、バスの所有者か、所有者からバスを借りて運転している場合が多く、その時々の乗客の希望する目的地に応じて運行する役割を担っている。だが、運転手が次々と乗ってくる乗客の目的地を加味した最適な運行ルートをアジャイル式に決め、運賃等の回収(Danfoの場合は現金一択)までを行うとなると、相当ハードルが高い。
そこで必要とされるのが車掌だ。運転手が運転に専念できるように、先述の役割を専属で担っているケースが多い。もちろん、運転手が一人で運用していることもあるのだが、その分運行が遅れることも多いので、相対的に人々からの人気は落ちる傾向にあるようだ。
毎日Danfoに乗って通勤することのストレスは想像を絶するものがある
実際にDanfoへ乗ってみた感想として、実は、ファーストインプレッションは決して悪いものではなかった。たしかに、社内はぎゅうぎゅう詰めで自分のカバンを持ってじっとしている以外にないような空間なのだが、いかんせんドアや窓が開いた状態でそれなりの速度で走行しているので、風が気持ちいい。低速の心地よいジェットコースターに乗ったような気分で乗車していたというのが、最初の10分ほどの所感であった。
だが、これが毎日の通勤だったら話は別である。これから出勤することを想定した場合、風で髪がぐしゃぐしゃになるのは最悪な気分になるだろう。さらに、「風が気持ちいい」と表現したが、そうは言っても外気温は30度以上あり、停車中だと非常に蒸し暑い。渋滞でダラダラと進む状態が続けば車内は灼熱地獄になるだろう。さらに天候が雨だった場合、さすがに窓は閉めることになるだろうが、それでもドアは開きっぱなしなので、ドア付近の乗客はびしょ濡れになってしまう。つまり、僕が最初の10分で感じた心地よさなんて“初体験だからこその観光客的なもの”なのであって、日常生活における移動手段として考えたら不快極まりない環境と言えるだろう。
また、乗車したDanfoが自分の目的地へとドンピシャで向かってくれるとは限らない。多くの場合、1〜3回の乗り継ぎを経て、ようやく目的地付近へと辿り着くことができるようだ。例えば2回の乗り継ぎを考えてみると、まず出発地点から経由地1まで乗車し、降車後に経由地1付近のDanfo乗車地まで歩き、そこから次のDanfoに乗車して経由地2まで行き、そこで降車したら先ほどと同様に経由地2付近のDanfo乗車地まで歩き、そこから次のDanfoに乗車して目的地付近まで乗車し、降車後にさらに最終目的地まで歩くという流れだ。
実際、僕が体験したケースでお伝えすると、目的地付近に辿り着くまでに2回の乗り継ぎを経たのだが、とにかく疲れた。特に最初のDanfoで思わぬ(取材的にはラッキーな)トラブルが発生し、エンジンが止まってしまった関係で40分ほど路上で立ち往生してしまったのだ。公共交通機関の“不”を理解するための取材としては良かったわけだが、それでも灼熱の太陽の下で40分ほど飲み物も買えずに待機していたので、危うく熱中症になるところであった。先を急いでいた乗客にとっては、たまらなくイライラする時間だっただろう。
このような体験を品田氏に共有すると、「コロナ禍以前はもっと酷かった」とコメントが返ってきた。
「17〜19時の時間帯は本当に渋滞がひどくて、幹線道路を中心にとにかく前に進みません。コロナ前なんて、あえてその時間はまだオフィスに残り、ピークの過ぎる20時以降にDanfoを捕まえるという人も多かったくらいです。朝も通勤ラッシュで道路は混んでいて、Danfoの中もそのような状態なので、みんな会社に着く頃にはヘトヘトになっています。どこかの会社に行くと、レセプションの人が寝ているということがよくあるのですが、通勤で疲弊してしまっているからだと考えられます。毎日Danfoに乗って通勤することのストレスは想像を絶するものがあるでしょう」(品田氏)
スタートアップが公共インフラを作れる点が、アフリカ市場の魅力の一つ
これに対して、今度はShuttlersのサービスを利用してみた。冒頭に記載した通り、ユーザーは専用のアプリを使って出発地点と目的地点の位置情報をそれぞれセットし、乗車日時を設定すると、同社があらかじめ用意したルートの中から候補となるものが一覧で表示される。2023年12月5日の時点でラゴスを中心に194のルートが用意されており、ユーザーはこの中から最適な移動ルートを探して予約をする。
Shuttlersのモットーは、定期運行で快適なバス移動を実現すること。時間通りに発着するのはもちろん、窓とドア全開で走るDanfoと違って全てのShuttlersバスにはエアコンが完備されており、前後の座席スペースも比較的余裕がある。前方に座っていた女性は、ノートPCを開いて仕事をしていたくらいだ。DanfoでノートPCを開こうものなら、左右の乗客からブーイングがくるだろうし、手が滑ったら道路に落としてしまうリスクすらあるだろう。
上画像にて、運転手の後ろで電話をしている人物がこの車両の車掌だ。車掌もDanfoのように車のサイドにしがみつくのではなく、他の乗客と同様に座席に座りながらオペレーションをする。具体的には、予約客の名簿一覧をチェックしながら乗車してくる人物のチェックイン処理を済ませつつ、時間になってもこない予約客への連絡や、待機/出発の判断を行っていた。
極めてカオスな形で運用されていたDanfoに比べると、なんとも整備された仕組みで運用されている印象だ。乗車体験の感想としても、極めて一般的な日本的なバスの乗車体験に近いと感じた次第だ。
そんなShuttlersのユーザー層として最近増えているのが、福利厚生プログラムとして同社サービスを導入している会社の従業員だと、品田氏は説明する。
「福利厚生の一環で、会社が一括して席を確保するユースケースが増えています。体験いただいた通りShuttlersは定時運行されているサービスなのですが、それ自体がラゴスでは非常にレアなことなので、全車両エアコン完備というメリットも踏まえて、従業員の快適な通勤ライフを実現する手段として企業からの申し込みが増えている状況です」(品田氏)
また乗客だけでなく、バスのオーナーにとってもメリットは大きい。そもそもShuttlersはバスのアセットをほとんど所有しておらず、各バスオーナーへと同社プラットフォームに登録してもらうことで運行台数を増やしてきた。バスオーナーとしては、Danfoだと収益性の向上やオペレーションの効率化等の設計がなかなかうまく進められないわけだが、Shuttlersのプラットフォームに乗せることによってオペレーションが圧倒的に効率化され、資産回転率が上がり、結果として収益性も上がるようになるという。さらに、Shuttlersが提携している保険会社からディスカウントを受けることができたり、メンテナンスサービス等でもボリュームディスカウントの恩恵を受けることができたりするという。
「片道1時間くらいかけて通勤している人が多いのですが、その道中、Shuttlersの車内でコミュニティが生まれ、仲良くなっていくのが、Shuttlersのもう一つの面白いところです。車掌は乗客の中から毎回選ばれるため、Shuttlersの運航に関して乗客も部分的に責任を負う形になります。車掌を引き受けると、乗車代金のディスカウントが適用されます。乗客同士で通勤仲間としての結束力も高まり、そこからカップルが生まれたり、みんなでパーティーに行くなどの企画も生まれたりしています。このように、コミュニティの力が口コミを拡げ、Shuttlersの価値を高めていると言えます。このように、公共インフラがないからこそスタートアップが公共インフラを作れるというのが、アフリカ市場の大きな魅力の一つだと感じています」(品田氏)
このように、ほぼ同じ距離の目的地に対して2つのサービス(DanfoとShuttlers)を乗車比較してみたわけだが、目的地までの所要時間を単純に比べても、前者が2時間40分ほどかかったのに対して、Shuttlersは30分強で済んだ。顧客体験としては歴然たる差があったことは間違いない。
では、運営者はどのような思想やビジョンを持ってShuttlersを創業しサービス提供しているのか。後編では、同社CEO及びCTOにお話を伺った。
▶︎後編はこちら
取材/文:長岡武司