NFTと聞くと「デジタルコンテンツのためのもの」とイメージする方は多いだろう。だが、実はNFTは物理的なコンテンツとの相性も良く、様々な領域での「実物資産×NFT」の取り組みが盛んになってきている。
たとえばアート領域に目を向けてみると、2022年1月末にオーストリアのベルヴェデーレ美術館がグスタフ・クリムトの作品「接吻」を100×100のグリッドへと仮想的に分割し、その一つひとつをNFTとして販売開始(該当ページ)。世界中のカップルを主なターゲットと想定し、2月14日のバレンタインデーに向けてNFT証明書の発行を進めた。あくまでデジタル複製物ではあるものの、巨匠によるリアルな作品に対する“所有”の概念を変える取り組みとして、アート界隈で話題となった。
そんな実物資産とNFTの掛け合わせに早くから着目し、実際にサービス化を進めているのが、今回お話を伺ったクリス・ダイ氏である。ダイ氏が直近で注力しているのが「ウイスキー樽」と「空き家」。特に前者については、ボトルではなく「樽」をNFT化しているというからユニークである。
これら2つの実物資産とNFTがどのように掛け合わさるのか。そして、これらモノをNFT化することによって、具体的にどのような未来が想定されるのか。各サービスの展開を伺いながら、そのヒントを探っていった。
アルゴリズム的な美しさに魅了された初ブロックチェーン体験
現在「実物資産×NFT」の領域で事業開発を進めているダイ氏だが、もともとはアパレル領域の事業開発で活躍していたという。2004年に米スタンフォード大学を卒業後、コンサルティングファーム勤務を経て、中国のYIXINGグループのCOO兼CIOに就任。 中国・日本間の国際貿易や物流、生産、サプライチェーン管理、さらには商業施設の立ち上げ等の新規事業開発を進めていったという。
そんな中、同氏が最初にクリプトに触れたのが2012年。サトシ・ナカモトがビットコインに関する論文を発表してから3年後のことだ。当時、上海のスタンフォードアルムナイ団体(Stanford Club of Shanghai)の会長だったダイ氏のもとに、当時の仮想通貨取引所を運営していた人物から「メンバーにビットコインを紹介したい」という申し出があったという。ブロックチェーンに関する具体的な技術内容を聞き、まだビジネス的としては難しいと感じた中でも「アルゴリズム的に美しかった」とダイ氏は振り返る。
「分かる人は技術者くらいしかいないと思いましたし、それ以外のわからない人にとっては、ただの詐欺だと感じたでしょう。と言うのも、ピア・ツー・ピアでの送金処理がいかに難しいか、その課題を認識しているのが当時はまだエンジニアくらいしかいなかったからです。まだビジネスではないよね、とは思っていたものの、その美しさに惹かれた自分がいました」
そこから数年が経過し、2016年頃からイーサリアムが台頭してきたタイミングにおいて、いよいよビジネスとしてブロックチェーンを取り扱うようになる。2018年にメディア及びブロックチェーンインキュベーションを行うLongHashJapanのCEO就任を皮切りに、翌2019年には株式会社レシカを創業して、大手企業向けブロックチェーンのコンサルティングとシステム開発のサービスを提供。2019年にはNFT領域にも進出する。
当初はデジタルコンテンツに対するNFT化の支援をメインで扱っていたのだが、事業開発を進める中で「コンテンツNFTの価値評価」の難しさを感じ、方向性をピボットしたと言う。
「コンテンツNFTの場合、購入時よりも売却時の方が高く売れるという期待として価値評価が上がるのが一般的ですが、Web3業界の外の方から見るとその価値を理解するのに時間がかかると感じましたし、一般の人たちが予測するのも相当難しいでしょう。一般の人たちにも理解できるNFTの文脈として何があるかを考えた際に、私たちは『実物資産』に着目したというわけです。それが現在のUniCaskでやっているウイスキー樽のNFT化であり、別荘のNFT化でした」
時間のファーミング(耕作)をするウイスキー樽NFT
実物資産×NFTの第一弾として展開されたのはウイスキー樽。2019年に着想を得て、2020年にサービス開発を進め、2021年の春から株式会社Unicask(ユニキャスク)として世界初となるNFTによるウイスキー樽の所有権管理を開始したのだ。
その時は主に業者間での所有権管理にとどまっていたのだが、同年末には一般層向けへとサービス範囲を広げ、一樽の中に含まれる蒸留酒を小口化して「CASK NFT」として販売するプロジェクトを発表。多くのモルトウイスキー蒸留所があるスコットランドの中でも、最も評価が高い蒸留所の一つとして知られている「スプリングバンク蒸溜所」のシングルモルトスコッチウイスキー(1991年 ビンテージ)をGenesis Cask(最初の樽)としたのだ。
私たち一般人がウイスキーを購入するとなると、瓶(ボトル)単位で扱うのが一般的だが、なぜ「樽」単位なのだろうか。これについてダイ氏は「熟成させるという保管面としては樽でないとならない」と説明する。
「みなさんがボトルでウイスキーを買う理由としては、流動性があって便利だからです。1本1本友達にあげられるし、メルカリで売ろうと思えば売れるし、飲もうと思えば飲める。でも保管的には、樽の方がメリットがあります。樽で買って保管すれば、その間に熟成することになるので、その分価値が高くなるのです」
ウイスキー樽の場合、時間が経てば経つほどに、モノとしての価値は上がる。厳密にお伝えすると、味については適正な熟成期間というものが存在するし、そもそも樽の中のウイスキーも微量ずつ気化するので、仮に100年熟成させようと思っても木の繊維を経由して気化したウイスキーが蒸発し続けて、中身がなくなる可能性がある。
よって、数十年単位で考えると期間限定の“モノ”ではあるのだが、それでも「長期間保持することで価値が上がっていく資産」であることに変わりはないだろう。これについてダイ氏は「時間のファーミング(耕作)をしている」と説明する。
「我々は時間の価値を、NFTで収穫しているとも言えます。そういう意味で自分たちのことを『ウイスキー業界のRobinhood(米国発の証券取引アプリ)』と呼んでいます。つまり、株はずっと持っていても価値そのものは増えませんが、樽のウイスキーは持っているだけで価値が上がる。時間の価値をトークン化するという概念で、初めての新しいプロダクトなのかなと思っています。普通エントロピーって、いつも世界全体がバラける/悪くなる方に行くものですが、ウイスキーについては期間中に良くなっていく。ある意味で“物理の法則”に反するとも言えますね」
ウイスキーの販売以上に大切な「DAOコミュニティ」の存在
UniCaskではアーティストとのコラボレーションも積極的に行っている。たとえば2022年7月に発売開始された「第5弾Cask NFT」では、SBINFTのオフィシャルアーティスト「NY_」とのコラボ樽となっている(画像:UniCask公式サイトより)
2021年12月よりプロジェクトをスタートさせて、すでに6樽の発売実績(取材時点)があるのだが、いずれも1日以内の完売を達成しているという。また価格面についてもプロジェクトへの注目度と相まって、昨今のロシアによるウクライナへの軍事侵攻の影響もあって穀物の価格が上昇し、結果としてウイスキー価格の上昇にもつながっているという。
一方で、ダイ氏は「ウイスキーの販売はもちろん大切だが、それ以上にKPIとしているのはコミュニティの拡大にある」と強調する。そして、そこで重要な位置付けとなっているのがDAOだというのだ。
「コミュニティを長期的に維持する仕組み作りとして、DAOを使っています。Unicask DAOと呼んでいるのですが、そこではいろいろな施策を行っています」
一般的に、DAOのガバナンストークンは資金調達用に販売されることが多いが、Unicask DAOの場合は、これまでUniCaskが販売してきたCask NFTを購入してステーキングするだけで参加可能となっている。つまり、ステーキングした量に応じてガバナンストークンを“無料”で配布しているというのだ。また、将来的には二次販売で出品されたガバナンストークンを購入して DAOに参加することもできるようになるとしている。
そんなUnicask DAOの活動としてダイ氏があげるのが「新たなウイスキーブランド作り」である。自分たちで樽を選んでボトリングをし、熟成後にデパートやオンラインストアで販売して、その売上を基にした利益を使って、メンバーにウイスキーボトルを分配するという仕組みになっているという。
「ウイスキー業界は、とにかく宣伝広告費が大きいことで知られています。テレビCMなどを見れば分かりますよね。一方で我々のDAOでは、メンバーみんなで小さなマーケティングを繰り返しているので、マーケティングコストが相対的に少なくなります。よって、減ったコストの分をコミュニティに還元するということで、ウイスキーボトルを分配できるのです」
ウイスキーを楽しむということは、これまでは「生産者が決めた仕様にて作られた製品を消費する」という形が一般的だったものが、Unicask DAOのような関わり方によって、より消費者によるプッシュ型の楽しみ方もできるようになるというわけだ。
好きなNFT作品を飾れる「デジタル不動産NFT」が地域課題を解決する
ここまで「ウイスキー樽」という実物資産に着目したプロジェクトについて伺ったわけだが、もう一つ、ダイ氏が直近で力を入れているのが「空き家のNFT化」である。私たちが住むような「リアル物件」に紐づいた仮想空間上の「デジタルツイン物件」を作り、そこの所有権を与えるNFTを発行しているというのだ。
サービス名は「ANGO(あんご)」。心安らかに暮らすこと、落ち着いた生活をすることを表す「安居」をローマ字表記したもので、デジタル世界とリアル世界の双方において上述のような“デジタル不動産NFT”が身近な存在となるよう思いが込められているという。
「デジタル不動産NFTを購入すると、ユーザーはこれまで購入してきたNFT作品を、仮想空間上のデジタルツイン物件内に飾ることができます。また、そこに飾ったアート作品はリアルの別荘に設置されているスクリーンとも連動していて、宿泊した際に自分の好きなNFT作品を投影させながら過ごすことができます」
まずはダイ氏が代表を務めるANGO合同会社がリアル物件を購入し、デジタル不動産NFTの販売を通じて、個人のNFTホルダーがそこを使えるようにする。NFTの販売益が運営コストの一部を賄うわけだが、それだけでは物件の管理をするには不十分だ。そこでANGOでは、年間のうち180日間を民泊先としてリアル物件を運営することで、物件のサステナブルな運営を維持するとしている。
ご存知の通り、日本では「空き家問題」が深刻化しており、土地活用の機会損失はもとより、治安悪化の要因にもなってしまっている。取材時点ではまだANGOの管理物件は1件だけだが、このモデルがうまくいって多様な空き家へと展開できるようになれば、地方の休眠不動産を掘り起こしての空き家問題の解決に貢献できるだけでなく、Web3サービスという特性を利用した「インバウンド促進」にもつながるだろうとダイ氏は強調する。
「不動産をNFT化する最大のメリットは、利用率を高められる点にあると考えています。365日ずっとフル稼働できたら、新たな社会価値を生めるものなんじゃないかと。特に地方は過疎化が進んでいる中で、海外の人に紹介して来てもらうという、インバウンド誘致の手口としても使えるのではないかと考えています。Web3では個人のインフルエンス力を上手く使い、コミュニティの力によって宣伝広告をすることで、国内外の色んな人へと訴求できます。しかも、トークンを持っていることで毎年確実に使うという習慣ができる。そうすれば、長期的な物件の維持も実現するようになります。分散性は安定する、ということを証明したいと考えています」
ブロックチェーンの世界に“ピュア”はない。だから面白い
ANGOについても、UniCaskと同様にDAOを軸とした運営を目指しているという。具体的にはリアル物件の運営について、NFTホルダーの宿泊管理やAirbnb等民泊サービスの管理等をDAOコミュニティが担う想定だという。
とは言え、最初のステップではANGO合同会社が仕組みをある程度整備し、そこから徐々にDAOへとソフトランディングさせていく考えとのことだ。この背景として、DAOの法的整備が確立されていないこともさることながら、プロジェクト推進という観点でも「まずは会社でゴリゴリと進める必要がある」とダイ氏は説明する。
「最初からDAOで分散型プロジェクトにしても、全然進まないと思います。特に今回はリアル物件の運営に関する内容なので、デジタルと比較しても、より具体的な問題を解決しないといけません。だからこそ、プロジェクト進行もデジタルよりも尚更、リアルな会社組織でやる必要があると捉えています。もちろん、ある程度の仕組みが整ったら管理主体をDAOに移管しますし、将来的にDAOの法的枠組みが整備されてくれば、最初からDAOで進めるといった形に移行もしていきたいなとは思います」
そのように考えると、「アルゴリズムベースで全自動に駆動する組織形態」が狭義的なDAOと考えられてはいるものの、そのような“ピュア”な運営形態は現時点では相当難しいと言えるだろう。これについてダイ氏は最後に、「ピュアはあり得ない」とコメントする。
「“ピュア”って、ブロックチェーンの世界には無いですよ。ビットコインはほぼほぼピュアに近い分散性を持っていますが、それでもビットコイン・コア(Bitcoin Core)という、すごく小さい開発コミュニティでやっていますよね。しっかりと分散できているかというと、ほとんどの人はそんなコードを見たって分からないわけです。この辺りは、もっとアカデミアでも研究して欲しいところだなとは感じていますが、いずれにしてもピュアでは無いからこそ面白いなとも感じています」
★インタビュー動画(前編&後編)
★ポイントをまとめたショート動画(4本)
取材:湯川 鶴章、遠藤 太一郎
文:長岡 武司