ナイジェリア最大の経済都市・ラゴスを中心に、“エアコン完備の乗り合いバス”を運行するモビリティスタートアップのShuttlers(読み方:シャトラーズ)。劣悪な条件で乗車せざるを得ないDanfo(乗り合いのミニバス)のような手段か、相応に費用のかかるUber/Boltといった配車アプリサービスという極端な選択肢しかない同地において、190以上ある定期運行便から最適なルートのものをアプリで予約して乗車できるという移動手段は、これからさらに急成長していくナイジェリアの働き手にとっての貴重な選択肢と目されている。
▶︎【前編】超不快な通勤体験に新たな選択肢を。ナイジェリアのモビリティスタートアップ「Shuttlers」体験レポート
2016年に創業されたShuttlersは、どのような経緯で創業され、どのような思想やビジョンを持ちながら事業展開しているのか。同社CEOのDamilola Olokesusi氏(以下、Olokesusi氏)と、CTOのAkachukwu Okafor氏(以下、Okafor氏)に、それぞれお話を伺った。
インターンシップ時代のスタッフバス体験が創業アイデアのきっかけ
Shuttlersの創業者でありCEOのOlokesusi氏は、同社の設立の背景として2つのエピソードがあると説明する。
小さい頃から数学が好きだった同氏は、ラゴス大学で化学工学の学士号を取得しながらエンジニアリングについて学んだ後、最初のキャリアとして安全工学の会社に就職し、ITスキルを磨くことになる。だが、実はその頃からすでに「起業」という選択肢が彼女の中で芽生えていたという。大学在学中に参加した産業研修でのある女性起業家のプレゼンを聞いて、いつかは自分も「起業」して社会の課題解決をするんだと心に決めていたのだ。
そんな中、Olokesusi氏は会社員の通勤に社会的ペインがあることに気づく。前編でお伝えしたとおり、多くの低所得者層〜中間層が利用するDanfoは乗車体験としては最悪なものと言えるが、かといって代替となる通勤手段があるわけでもない。UberやBoltを使うという手もあるが、費用面を踏まえると誰もが持続的に利用できるものでもない。実際に同氏も、黄色いDanfoに乗車して打ち合わせに向かうことが多かったのだが、スムーズに目的地へと着けた試しがなかったことから、ITを使ってなんとか解決できないかを考えるようになったという。
「大学在学中に石油・ガス会社のインターンシップに参加していたのですが、その会社にはスタッフバスがありました。つまり、従業員の送迎をするバスを会社が用意してくれていたのです。そのモデルを課題解決手段として使えないかと考えました」(Olokesusi CEO)
また、Olokesusi氏の姉妹の一人が通勤中のバスで誘拐されたことも、創業を決意する大きなきっかけになったという。いわゆるワン・チャンス・バス(乗客を強盗・誘拐するために運行するバス)に乗り込んでしまったことで、強盗に巻き込まれてしまったのだ。
「結論として彼女は無事でしたが、それ以来、公共交通機関を利用しようとするたびにある種の不安を感じることになりました。UberやBoltに乗るよりも手頃な値段で、より安全に、より快適に、そしてより効率的に目的地まで向かうことができる。そんな移動手段を作るべく、生まれたアイデアがShuttlersでした」(Olokesusi CEO)
日本に住んでいると、国民が働くために必要な移動手段のベースは国が整えるものだと感じるものだろうが、ナイジェリアではそれがうまく機能していないと、CTOのAkachukwu氏は説明する。
「そもそも、政府による大量輸送の仕組みは全てアナログなスキームで構築されており、デジタル化されていません。デジタル化されていなければ、都市化の進展に迅速に対応できませんし、必要な車両数も不足してしまいます。また、車輌そのものもメンテナンスが不足しており、品質保証プロセスも基本的にはありません。だからこそ、私たちのようなスタートアップがデータドリブンでプラットフォームを運営するのが勝ち筋なのです」(Akachukwu CTO)
Excelシートからスーパーアプリへ
今でこそバスのリアルタイム追跡や運行ルートの管理、ユーザーの予約/乗車管理、オンライン決済などあらゆる付随するオペレーションを専用アプリに集約させているが、創業当初はリソースも限られていたことから、様々なクラウドソフトを使い、極めてアナログなオペレーションを回していたとAkachukwu氏は説明する。
「当時はそれこそWhatsAppやSlack、Eメール、Excelシートなどを使ってルート管理をしたり、ユーザーに対してルートの案内等を行っていました。WhatsAppの位置情報を共有することで、バスの現在地を把握するようにしていたのです。でも、そのままではスケールしないということで、MVP(Minimum Viable Product)を作り、2019年に現在のアプリをリリースするに至りました」(Akachukwu CTO)
Shuttlers創業時の資金の多くは助成金だったという。それ故に顧客開拓においても、お金をかけたマーケティングを行うのではなく、基本的には紹介ベースでユーザーを広げていったとCEOのOlokesusi氏は回想する。
「最初の4年間は潤沢な資金を調達していなかったので、紹介が基本で、宗教団体や様々な協会、イベントなど、個人にアプローチしやすい団体へとどんどんと焦点を当てていきました。でも資金調達ができたことで、徐々に間口を広げ、当初からやりたかった企業へのアプローチも積極的にできるようになっていきました」(Olokesusi CEO)
同社の顧客層には、大きく3つのパターンが存在する。一つ目は、企業が福利厚生として従業員の利用金額の一部を補填するというもの(BtoBtoCモデル)で、二つ目は企業が従業員利用分の座席をまるまる買い上げるというもの(BtoBモデル)。そして三つ目は、一般乗客による利用だ(BtoCモデル)。同社が創業当初からメインターゲットと位置付けてきたBtoBtoC及びBtoCモデルに関しては、「最高のセールスフォース・チームを作り、全国のブルーカラーやホワイトカラーを抱える企業を誘致していく予定だ」とOlokesusi氏は強調する。
一方でBtoCモデルの集客に関しても、Shuttlersの評判が高まるにつれてどんどんと成長しており、コミュニティ・マーケティングのアプローチで顧客とのタッチポイントを増やし、距離を縮め、ニーズの発掘と機能としての実装に取り組んでいるという。
特にラゴスでは、友人を作ったりネットワークを作るのに適したオープンスペースというものが少ないという。だからこそ、Shuttlersの車内が友人や恋人等を見つける場としても機能してほしいと、Olokesusi氏は強調する。実際、この記事原稿を書いているタイミングにおいても、同社のX(旧Twitter)投稿にて新たなるShuttlers夫婦の誕生が報告され、運転手と乗客の出会いのストーリーが紹介されていた。このような出会いのケースは沢山あると言う。
また、ちょうどインタビューを実施した2023年11月9日には、アプリに新たな「ゲーム機能」も追加された。一見、バスの運行とは全く関係のない機能だと感じるが、なぜゲームなのか。
「ちょうど本日(2023年11月9日)、アプリに新たなゲーム機能を追加しました。乗客の中には、バスの中で2時間も3時間も過ごす方がいます。そんな方々に向けて、Shuttlersでの時間をより楽しんでいただくために開発しました。もちろん、高頻度でアプリを使ってもらうためでもあります。私自身、中長期的にはShuttlersをスーパーアプリにしたいと考えているのです」(Olokesusi CEO)
カルチャーフィットが最重要。Shuttlersのコアバリューである「S.E.R.V.I.C.E」とは
Shuttlersの壮大な構想を実現するにあたって、同社ではテクノロジーチームとモビリティオペレーションチームが特に重要な役割を担っている。テクノロジーチームは、乗客が利用するアプリはもちろん、車掌が使う予約管理専用のアプリや新しい車両をシステム的に追加するところまで、技術的な部分をトータルでサポートしている。
一方でモビリティオペレーションチームは、テクノロジーチームが構築した様々なシステムを全体統括し、顧客の乗車動線に関するパターンの分析と新たなるルートの生成、車掌の業務管理など、運用面でのエキスパートとして機能していると、CTOのAkachukwu氏は説明する。
「私たちはこれらシステム全体をワークフォース・チーフマネジメント・システムと呼んでおり、モビリティオペレーションチームはこのシステムプラットフォームを使って優れたサービスを提供できるよう、品質保証プロセスから車両レビュープロセス、ルートプランニングまでを主管しています。また新たなバスオーナーとのやり取りの際にはオンボーディング・ステップも担当しています。もちろん、この2つのチーム以外にも、例えばマーケティングチームとセールスチームも成長し始めています。着々と組織が出来上がってきているので、いよいよスケールするフェーズに入ってきたと感じています」(Akachukwu CTO)
組織が拡大する中において、企業文化の維持は一つの大きなテーマと言えるだろう。同氏は、Shuttlersのコアバリューである「S.E.R.V.I.C.E」について言及しつつ、以下のように述べる。
- We’re Service Obsessed(サービスにこだわり)
- we pride ourselves on being Efficient(効率的であることに誇りを持ち)
- we value diversity, foster inclusivity, and treat everyone with Respect(多様性を尊重し、包括性を育み、すべての人に敬意を持ちながら接し)
- we execute with Velocity(スピード感を持って実行し)
- Innovation is the key to our success(イノベーションが成功の鍵と捉えて)
- Collaboration is deeply ingrained in our culture(コラボレーションが当社の文化に深く根付いていると認識し)
- we hold ourselves to high standards of Excellence(高い卓越基準を自らに課す)
「私たちにとって、カルチャーはとても重要です。ここに挙げたS.E.R.V.I.C.Eは、どれも私たちが日々の業務を進める上で大切にしていることです。でもその核心は何なのかと言うと、ナイジェリアのような国では文化的に、人々が時間をあまり真剣に考えないということにあります。人々は、優秀さというものをあまり真剣に受け止めず、他者へのリスペクトや協調性の観点で問題があります。そのような“この国の常識”に対して、私たちは正反対の環境を作りたいと考えています。そのためにも、自身含めてマインド・メンタリティーの転換が必要だと考えています。悪い卵の例えがあるように、カルチャーに合わない従業員がいると、他の従業員にも悪影響を与える可能性があります。だからこそ私たちの採用プロセスでも、いかに技術的に有能な人材であっても、カルチャー面で適合しないのであれば、次の選考に進めないようにしています。逆にカルチャーフィットした人材であれば、適切なトレーニング等を受けることで、技術的に優れた能力を発揮する傾向があることも分かってきています。このように、カルチャーは非常に重要な物だと捉えています」(Akachukwu CTO)
今後5〜10年のうちに、Shuttlersはナイジェリアのモビリティ空間全体をカバーする
最後に、お二人に中長期的なビジョンや目標を伺って、インタビューを終えた。
「ご存知の通り、世界のトップクラスの国々では経済が重要な指標なのであって、その裏には必ず強靭なロジスティクス機能があります。物流・人流、共にです。私は、この国も経済に参加するすべての人が、質の高い生活を送るために十分なお金を稼ぐことができるようになることを期待したいと考えています。だからこそ我々は、すべてのプレーヤーが成長し、達成感を感じ、良いライフスタイルを送り、質の高い生活を送れるような経済とロジスティクスの仕組みを構築しようとしています。一方で、私たちの足かせのひとつは、仕事に対する生産性にあります。そして、その要因の一つが通勤環境だと捉えています。通勤時間にイライラして職場に着くと、生産性の50%が失われているかもしれません。そしてそれを遠因として、新たな雇用が創出されないことにつながっているかもしれません。国民は働くことを望んでいます。だからこそ、公平で透明性があり、持続可能なシステムで自分のノルマに貢献できることを望んでいるのです。Shuttlersは、それを実現するためのエコシステムを作ろうとしています」(Akachukwu CTO)
「A地点からB地点に移動するために毎日利用する交通機関の質は、その都市での生活の質に大きく影響すると思っています。だから私たちはShuttlersを使って、ユーザーの生活水準を向上させるサポートをしたいと本気で考えています。彼らの生産性を向上させ、より良い生活になる手助けをし、他の人々とのネットワーキングのハブになって、より多くの価値を生み出すきっかけを作る。あくまでも、エンドユーザーは労働者一人ひとりです。今後5年から10年のうちに、Shuttlersはナイジェリアのモビリティ空間全体をカバーし、さらに他の国/地域にも進出し、同じような課題を抱える新興市場で同じような問題を解決していくことになるでしょう」(Olokesusi CEO)
Olokesusi氏は2017年にモロッコで開催された「Women in Africa Contest」でデジタル&テック賞を受賞したほか、2019年のForbes30Under30にてテクノロジー部門を受賞したり、ナイジェリア副大統領やマーク・ザッカーバーグ氏に会う機会を得た「Aso Villa Demo Day」で最優秀アイデア賞を受賞したりするなど、起業家として非常に高い評価を得ている。2020年にはSHE-MOVES Shuttlersというイニシアチブを立ち上げ、女性主導の起業家精神を促進するような活動も積極的に行っている。
Shuttlersはもちろん、今回お話を伺ったAkachukwu氏とOlokesusi氏の今後の活躍も日本から注視していきたいし、10年後にラゴスに戻った際の景色の変化も楽しみにしたい。
取材/文:長岡武司