2023年2月20日、ブロックチェーン技術を用いたWeb3プラットフォーム「FiNANCiE」を提供する株式会社フィナンシェが事業戦略発表会を開催した。
フィナンシェといえば、まだ国内でWeb3やDAOといった言葉がほとんど認知されていない段階において、いち早くその可能性に着目し、事業展開に向けた投資を続けてきた國光宏尚氏が率いる会社だ。2019年1月の設立時より、一般的なクラウドファンディングと異なる「専用の“トークン”を利用してプロジェクトを応援する」というスキームが採用され、これまでスポーツ領域をはじめとする数多くのトークナイズドコミュニティが構築・運用されてきた。
そして本記事を執筆している2023年2月21日には、正午よりCoincheck IEOにてフィナンシェトークン(以下、FNCT)の購入申し込みが受付開始されている状況だ(ホワイトペーパーはこちら)。ちなみに、フィナンシェトークンのIEO(Initial Exchange Offering)は、2021年7月に株式会社Hashpalette発行の Palette Token(PLT)に続く第2号案件となる。
「Web3という言葉もDAOという言葉もない状態から4年くらいして、web3を国家戦略にすると政府も言ってくれるようになってきたのは、すごく感慨深いなと思っています」
「今年の僕らのテーマは、いよいよ世界へ」
このように語る國光氏は、同社のこれまでの事業変遷をどのように捉えており、またこれからどんな展開を構想しているのか。今回は、発表会冒頭の事業説明とエンタメDAOプロジェクト「SUPER SAPIENSS」(スパサピ)チームのトークセッション内容について、DAO総研が過去に実施した國光氏へのインタビュー内容を適宜交えながらレポートする。
スポーツ事業で見る「ビジョン・コミュニティ・独自トークン」の大切さ
フィナンシェが現在取り組んでいる事業領域は主に3つ。先述したFiNANCiEの運営と、このFiNANCiEと連動したNFTの企画・支援、そして主に国内事業者に対するIEO支援である。
創業事業であるFiNANCiEは、プラットフォーム内部で使えるコミュニティトークン「CT」を発行することで、購入者との参加型コミュニティを構築・運営できるサービスだ。2019年3月のβ版リリース直後は、主に夢を持つ人(ヒーロー)をオーナーとするサポーターコミュニティを構築する「ドリームシェアリングサービス」というコンセプトであったが、2021年1月にJリーグプロサッカークラブ「湘南ベルマーレ」が国内初のプロサッカークラブトークンを発行したことを皮切りに、スポーツチームの支援が加速。現在は80チーム強のサポート実績を有するにまで至っている。
またスポーツだけでなく、後述する「SUPER SAPIENSS」や仮想都市「神椿市」のメタバースを共創するWeb3コミュニティ「KAMITSUBAKI DAO」などのエンタメ領域、および「三島ウイスキープロジェクト」に見られる地方創生領域での展開も進めている状況であり、コミュニティと親和性の高い領域で着々と実績を積み重ねている印象だ。
以前國光氏はDAO総研のインタビューで以下のように述べている。
「DAOには重要な要素が3つあって、まずはビジョン、ビジョンに共感してできたコミュニティ、そしてコミュニティが発行する独自トークン。みんなでこのビジョンの実現に向けて頑張っていくと、結果コミュニティの数がものすごく増えて、結果トークン価格が上がってみんなHAPPYになる。この“ビジョン”がとても重要で、僕らはスポーツチームで最初に成功したわけです」(國光氏)
事業発表会当日はFiNANCiEスポーツ事業のトークセッションも設置され、そこで異なる競技のチームを率いる会社の代表3名が登壇したのだが、全員共に「思いのある方々に支えられて運営している」ことを事例を交えながら説明していた。
具体的には各競技におけるファンとの交流を含めたコミュニティイベントの様子等が紹介されたわけだが、やはりリーグ等における優勝や地元・地域への貢献という強烈なビジョンの存在こそが、コミュニティがまとまる大きな力学の源になっていると感じる。単純にNFTを発行して交流プラットフォームがあるからDAOとして機能しているのではなく、先述の通り、ビジョン・コミュニティ・独自トークンの3つが揃ってこその持続的な熱量につながると言えるだろう。
そんな3つの事業軸(縦軸)と3つの事業領域(横軸)を表現したフィナンシェのトークンエコシステムの全体像がこちら。FiNANCiEというプラットフォームを起点として、NFTの作成販売、さらには国内・海外のIEOを通じた拡張のビジョンが描かれている。
FNCT(フィナンシェトークン)のIEOによせて
今回、2月21日正午より購入申し込み受付が開始されたFNCTは、Ethereum(以下、イーサリアム)のメインネットワークのスマートコントラクトで発行されるトークンだ。たとえばバイナンスコイン(BNB)やUSDCoin(USDC)などと同様にイーサリアム規格「ERC-20」に準拠していることから、既存の暗号資産の流通エコシステムに乗って、高い流動性はもとより、価格の安定性や幅広い新規利用者の獲得を期待することができるものとなっている。
これはFiNANCiE上を横軸で繋ぎ、プラットフォーム上のプロジェクト同士のシナジーを出すことを目的に発行されたものであり、ユーティリティ(使い道)としては大きく6つあると國光氏は説明する。
まずは「FNCTステーキング」。FiNANCiEでは全トークン(CT)取引を「FiNANCiE Lightning」と呼ばれるレイヤー2ソリューションを通じてイーサリアムに記録しているのだが、このFiNANCiE LightningコントラクトにFNCTを一定期間ロックするステーキングをしたステーカーが、ロックしているFNCTの量に応じた確率によって“バリデーター”として選定されて、バリデート報酬が支払われることになる。バリデート報酬はFNCT発行上限の42%が割り当てられたコミュニティの配分から支払われることになるわけだが、自らバリデーターとなる「直接型ステーキング」の他に、任意に選んだバリデーターに対して保有者がFNCTを投票することで報酬としてのFNCTを獲得できる「デリゲート型ステーキング」の仕組みも用意されているという。
これに付随して、FNCTステーキングに参加するFNCT保有者は、コミュニティを成長させるためのガバナンス、いわゆる投票活動に参加することができる。ステーカーは専用のWebサイトやSNS等を通じてIPFS(分散型ファイルストレージ)に書き込まれた議案を知り、スマートコントラクトに投票内容を書き込むことで投票できるようになっている。
また、FNCTの特徴的なユーティリティの一つとして「コミュニティドネーション」が挙げられる。FNCT保有者がコミュニティと数量を指定してFNCTを寄付できるようになっており、寄付を受けるコミュニティのオーナーとしては、秘密鍵を管理するウォレットにFNCTが直接送付されるようになるという。つまり、寄付できるのは受け取り用のウォレットが設定されているコミュニティに限られるというわけだ。
3つ目にある「グレード特典」は、FNCT保有者がその保有数を宣言することで、保有数に応じた特典を受けることができるというものだ。保有数が多いほど高いグレードが付与され、FiNANCiE上の決済においてグレードに応じた優遇を受けられる仕組みになる。
さらにFNCT保有者はCTの初期売出期間等など、FNCTを使って「CTを購入」することもできる。FNCTを使ってCTを購入することで、通常よりも多くのCTを購入できるというわけだ(CTを売却してFNCTに交換することはできないので注意が必要)。
あと、成長を期待するオーナーコミュニティのCTを購入し、そのCTを長期保有(コミュニティトークンホールディング)することによっても、コミュニティに貢献したということで報酬が支払われる。報酬は、毎月集計するFiNANCiE上のアクティブコミュニティランキングの上位コミュニティのCTをホールドしていたサポーターに対して、FNCTで支払われることになる。CTの価値を下支えすることでコミュニティに貢献し、実際にコミュニティが活気づいた時に、貢献に応じたFNCTを獲得できるというわけだ。FiNANCiEならではのユニークな機能だと言えるだろう。
なお、FiNANCiEではFNCTの流通量調整と価値の下支えのため、四半期に一度、市場からFNCTを買い上げて(Buyback)焼却(Burn)する「Buyback & burn」を計画しているという。買い上げの原資はFiNANCiEのCTマーケットプレイス取引手数料の内、発行者が受け取る収益の20%を上限とし、Burnする量は実施の都度、その時点におけるFNCT市場流通量の1%を上限とする予定とのことだ(Burnは総発行量の50%を上限とする)。Buybackスケジュールおよび実績については、専用のWebサイトにて報告・開示するという。
「本当に作りたい作品を作る」ために発足されたSUPER SAPIENSS
さて、様々なトークナイズドコミュニティがフィナンシェを通じて運営・展開される中、一際盛り上がっている印象を受けるのが、エンタメDAOプロジェクト『SUPER SAPIENSS』(スーパーサピエンス)だ。
日本のエンタメ・映画界を牽引してきた堤幸彦氏・本広克行氏・佐藤祐市氏といった監督陣や、アットムービーの森谷雄プロデューサーらがボードメンバーとして集まり、原作づくりから映像化までに関する全プロセスを「コミュニティドリブン」のもと一気通貫で制作していくというものである。プロジェクト発足につながる最初のきっかけは、2021年3月14日に開催された「ええじゃないかとよはし映画祭2021」のカンファレンスだったという。
その時の様子はYouTubeの「SUPER SAPIENSS 1周年記念配信」でも語られているのでぜひご覧いただきたいのだが(12:26〜)、「配信と劇場〜ドラマと映画の未来」というトークテーマの中、3監督から「自分たちは本当に作りたいものを作れているのか?」という言葉が出てきたことから、「これはいかん」と森谷氏が危機感を抱いたことで具体的に動き始めたという。
なぜ本当に作りたいものが作れていないのか、ということだが、その大きな要因の一つとして挙げられるのが、現在の映画製作のスキームとなっている「製作委員会方式」があると森谷氏は説明する。製作委員会方式とは、端的に表現すると、多くの企業が出資に参加してリスクを分散化させる手法。日本においては四半世紀ほど製作委員会方式による映画製作が、劇場公開作品を中心に採用されてきたわけだが、これが「一種の閉塞感」を生んでいる要因にもなっていると同氏は指摘する。
これについては以前DAO総研で行ったインタビューにおいて、國光氏も以下のように言及している。
「製作委員会って、映画を作る時のファンディングを関係各社、例えば広告代理店、テレビ局、映画の配給会社、ビデオ販社というのがみんなでお金を出し合って作るというものです。各社からプロデューサーが送られてきて、合議制で決めていく。そうなってくると、例えば『原作は何部売れているのか』や『俳優は誰が出るのか』とか『コンプライアンス的に大丈夫なのか』といった議論が中心になるわけです。僕は合議制の中から面白いものは作れないと思っていて、本当に世界で流行るものを作りたければ、クリエイターの尖った情熱や尖った想い、オリジナリティー溢れるコンテンツというものを作っていく必要があると思っています。それが今の製作委員会という形だと難しい。だったら、ファンから直接お金を集めて、ファンと一緒に作っていく。そして最終的に大成功した時には『大成功』の部分をファンと分かち合う。こういう感じでできるのではないかというところで始まったのがSUPER SAPIENSSなのです」(國光氏)
最初こそはショクナイ(内職)企画という位置付けで本職の合間にやろうという話だったそうだが、企画書に対する各社の反応は意外にも極めて渋かったことから、2021年夏頃より「抜本的な仕組みでの製作スキーム」を模索し始めたという。その流れの中で本広監督が「ブロックチェーンやWeb3を絡めたい」と発言したことがきっかけで、森谷氏から國光氏へと連絡がいったという流れだ。実は國光氏は森谷氏が代表を務めるアットムービーに4年半勤務していたことがあり、元上司からの連絡ということもあって、相談の“翌日”には企画書を作成・共有したという。
プロセスエコノミーこそがこれからのエンタメの肝になる
SUPER SAPIENSSのユニークなところは、僕たち一般消費者が享受できるエンタメの範囲を大きく押し拡げているところにある。つまり、従来のように「出来上がった作品」だけが楽しむポイントなのではなく、作品が作られる過程もエンタメとして楽しめるという「プロセスエコノミー」の考えが取り入れられているということだ。
たとえばSUPER SAPIENSSでは、堤監督の原作の世界観を世界中のファンに“ビビッドに”インプットしてもらうべく、プロジェクト第1弾としてWEBTOON(縦型スクロールのデジタルコミック)の制作に着手した。もともと絵コンテとWEBTOONは相性が良いこともあって、ダイナミックで明快な場面展開をそのまま読者に伝えることを得意とするフォーマットなわけだが、ポイントはこの制作過程もコミュニティ内で公開しているという点にある。「コミュニティメンバーやサポーターの皆さんとの“プロセス共有”の意味合いをもってやる、それすらもエンタテインメントとして楽しんでもらうという考えでやっている」と、森谷氏は説明する。
もちろんそれ以外にも、当事者として作品作りに関わる方法はいくらでもある。たとえば同作品の序章である『SUPER SAPIENSS THE BEGINNING』は映像作品(約15分)第1弾として撮影されたものなのだが、こちらに出演している役者陣は、コミュニティに参加するサポーターからオーディションを経て抜擢された方ばかりだという。堤監督の作品のキャストとなれば、普通に考えれば有名な俳優が抜擢されるものだが、この“常識”を破ることにこそ“新しい領域”に到達するためのヒントがあるのではないかということだ。なんと主演が演技の経験なしの方だというから驚きだ。
「何百人という人が応募してくれて、Zoomオーディションという形で進めました。俳優さんとは相対して決めるというのが定石なわけですが、この作品に関しては定石なんてないので、『魅力的だなと思う人は皆さん参加してもらおう』ということでたくさんの方にオーディションを通過していただきました。何十年もやっていると大体わかるので、実際にお会いするのは撮影の時などになるわけですが、問題ないわけです。役者として経験がないけど興味がある、という人にどんどん来てもらいたい、というのがこの作品の作り方の一つの形ろうと思っています」(堤氏)
そんなサポーターメンバーは、SUPER SAPIENSSでは「共犯者」とネーミングされ、熱量をもって積極的にプロジェクトに関わっているという。2022年はこの共犯者主導で全国6都市(新宿・横浜・名古屋・福岡・仙台・大阪)を巡るJAPAN TOURを開催したのだが、今年はWORLD TOURの実施を目指しているという。
第二回ファンディングではクリエイターの発掘と育成をテーマにした「SUPER SAPIENSS CREATORS ACADEMY(SSCA)」の発足が掲げられた。良質なエンタテインメントが持続的に生まれるためには、携わるスタッフについても持続的に活動できる環境が整備されていることが大切であるからこそ、このアカデミーの役割にも大いに期待したいと感じている
ここまでご覧いただくとお分かりのとおり、作品作りにおいてはコミュニティが非常に大きな役割を担っているわけだが、それと同時にコアの世界観の部分については、ボードメンバーである監督やプロデューサー達がしっかりと手綱を握っている。DAOの話になると「ものづくりも完全なる分散型で進めていく」ことをイメージする方がいるのだが、分散型でものづくりを進めるということは即ち、前述した製作委員会方式のような合議制での進め方になるわけであって、尖った傑作は極めて生まれにくいことになる。加えてスピード感を出しにくいというデメリットもあることから、本質的には「少数のクリエイターファースト&多数のコミュニティサポート」の体制が望ましいと言えるだろう。
2023年のテーマは「いよいよ世界へ」
これまでのフィナンシェの事業経緯をまとめたものがこちら。今回のIEOの後としては、いよいよ海外進出の準備を進めており、具体的には3Qか4Qでアメリカでの展開を目指していると國光氏は強調する。
「僕たちは設立当初から『10億人の挑戦を応援するクリエイターエコノミーの実現』をビジョンとして掲げてやってきました。ここからはいよいよFNCT、そしていよいよ世界へ、ということで、日本をWeb3大国にしていくべくみんなで頑張っていけたらと思っています」(國光氏)
以前のインタビューにおいて國光氏は、Web3の肝となるDAOの本質は「インセンティブの民主化にある」と説明している。多くの人はDAOのポイントを「意思決定の分散化」と思っているようだが、意思決定とDAOというのは基本的に関係がなく、それよりもこれまで過度に資本家に寄ってしまっていた資本・お金・報酬の力学を是正する機能の方が遥かに大きいというわけだ。
同氏は著書『メタバースとWeb3』(エムディエヌコーポレーション)において、以下のようにフィナンシェで目指す中長期的な世界観を説明している。
「私がフィナンシェでやりたいことは『個人や団体が、自分の夢やビジョンに賛同する人を集めて、リスクをとった挑戦ができるようになる』ことです。そうすることで、『会社』という仕組みではできない、新しいCACが怒ってくるのではないかと思うのです」(p159)
「誰かの『自己実現』を軸にして、『善意』によって世界が回る。私はこのフィナンシェを通じて、そんな未来を実現させたいと考えているのです」(p164)
今回発表されたフィナンシェトークンのIEOはまだ限りなくスタート地点に近い場所でのアクションかもしれないが、少なくともWeb3やDAOが注目される前から見据えていた國光氏の世界観に、一方ずつ着実に近づいていることは間違いないだろう。
編集後記
僕が國光氏に初めてお会いしたのは、2008年秋あたりでしょうか。実は昔、今回登壇された森谷氏が代表を務めるアットムービーで僕は半年ほど映像制作スタッフとして働いていたのですが、おそらくはすでに独立されていた國光氏がたまたま何かの用事でフラっとオフィスにやってきて、当時の僕では到底理解できないようなネットとコンテンツの未来を2人で語っていました(内容は忘れました)。アットムービーといえば、ちょうどその頃流行っていたメタバース「セカンドライフ」で邦画初の試写会(作品は映画『阿波DANCE』)をするなど先進的な取り組みにチャレンジするような会社で、その時のメンバーが再度タッグを組んでDAOのような極めて新しい仕組みを活用して業界に新しい風をもたらそうとしている点が、なんとも言えず素晴らしく応援したいと感じた次第です。トークノミクスは、コンテンツの受け手だけでなく提供するスタッフも含めて豊かになることが設計できる仕組みだと思うので、僕自身、100年続くプロジェクトとして新しいエンタメの形が模索される“プロセス”を楽しみたいと思います。
取材/文:長岡 武司