シンガポールで開催された大型カンファレンス・TOKEN2049のサイドイベントとして2023年9月14日に催された勉強会「Web3 Transition Summit」(LongHash Ventures主催)。ナショナル・ギャラリー・シンガポール(国立博物館)のホールにて実施された各セッションでは、「Web3のTransition(移行)」というキーワードを軸に、様々なトピックでのディスカッションが繰り広げられた。今回はその中でも、「MEV」と題されたセッションの一部についてレポートする。
登壇者(左から)
- Tomasz K. Stanczak(Flashbots)
- Tarun Chitra(Gauntlet)
- Murat Akdeniz(Primev)
- Roy Lu(LongHash Ventures)※パネルリード
EOF(Exclusive Order Flow)とSUAVE(the Single Unifying Auction for Value Expression)
セッションでは冒頭にPrimevとSUAVEの概要説明がなされる。ということで、まずはMEVとMEV-Boostの基本、それに付随する概念としてEOFの考え方を理解し、その上でSUAVEが進めようとしていることを把握すべく、簡単にそれぞれについての解説を入れておく。MEVとMEV-Boostの基本については、以下の記事を参照していただきたい。
▶︎MEVって何?PBS?MEV-Boost?クリプトカンファレンスでのホットトピックの概要を、詳しめに理解しよう
上記記事にも記載している通り、MEV-BoostはPBSのout-of-protocolアプローチとして既存の“悪いMEV”の解消に向けた一定の成果を生み出しており、また高い収益性があることから90%以上のスロットシェアを誇っているわけだが、一方でビルダーの中央集権化をもたらすリスクを孕んでいる。MEV-Boostを提供するFlashbotsによると、このビルダーによる中央集権化リスクの一つの要因として考えられるのが、EOF(Exclusive Order Flow)だ。Ethereumの文脈で考えると、ここでいうオーダー(Order)とはトランザクション等ブロックチェーンの状態を変更できるもの全般を示し、このオーダーの集まりのことをオーダーフロー(Order Flow)と表現している。
これを踏まえて、EOFとは、一部のビルダーが一連のオーダーフローを独占しようとする事象のことを指す。Flashbotsによるこちらの記事では、ウォレットがEOFを特定のビルダーに送信するシナリオを考察している。ウォレットとは、以下のMEVフレームワークにおける左から2番目にいるアクターを示す。ちなみに、上の記事(MEVって何?〜)では詳細について言及しなかった“OFA”(Order Flow Auction:左から3番目のアクター)は、プロポーザー(Ethereumにおけるバリデータ)へのビルダーによる入札ではなく、サーチャーやビルダーへのウォレットからの入札を意味している。
ウォレットのオーダーが実行されるためには、オーダーを受け取ったビルダーがチェーン上にブロックを配置する必要があるのだが、これは即時には発生しない可能性がある。エンドユーザーは遅延を好まないし、遅延はガス代の見積もりを困難にもすることから、ウォレットは市場支配をさらに強化するビルダーにオーダーフローを送信することでこの遅延を最小限に抑えるようとする力学が働くことになる。この前提として、ビルダーはパブリックなメモリプールからのトランザクションだけでなく、独自のプライベートなメモリプールも持っている場合もあり、そこでEOFされたトランザクションを入手することもできることが挙げられる。
このように少数のビルダーへと集中するループが生じることから、少数のアクターによる中央集権化が進み、結果としてビルダーマーケットの競争原理を失わせるリスクが増大することになる。というのも、資金力のないビルダーが新規参入したとしても、多くのオーダーフローにアクセスすることができないので、結局は手数料を得ることがどんどんと困難になっていき、最終的にはビルダーマーケットからの退場を余儀なくされてしまうことになる。
この他にも、ビルダーマーケットの中央集権化をもたらす要因はいくつか存在するが、クロスドメインMEV(Cross-domain MEV)もその一つと言えるだろう。つまり、複数のブロックチェーンネットワークにまたがって活動するビルダーは、単一のブロックチェーンネットワークで活動するビルダーと比べると、オンチェーンDEX間におけるアービトラージ(裁定取引)を可能にするという点で、よりメリットがあると言える。
このようなMEV抽出プロセスの中央集権化問題への対応として、ブロック構築における分散型メカニズムを組み込もうとする動きがSUAVE(the Single Unifying Auction for Value Expression)だ。Ethereumにおいて、より効率的でコンポーザブルな(外部からのプラグインを想定したコンポーネントとしての役割を全うできる)トランザクション処理方法を提供することを目的に取り組まれているもので、Flashbotsが主体となりつつも、ディスカッションそのものは極めてオープンに進められているものと言える。Flashbotsのブログ記事によると、SUAVE構想の基本的な考え方は、以下の3点を軸にしているという。
- EOFの圧力を軽減するためにも、ユーザーは事前確認のプライバシーを付与され、すべてのMEVへとアクセスできるべきだ。また、トランザクションは非公開としつつも、同時にすべてのビルダーが利用できるべきだ
- クロスドメインMEVの圧力を軽減するためにも、チェーン間のビルダーは互いに統合される必要がある。その際には、オープンでパーミッションレスな方法である必要がある
- 上記2つのシステム(ユーザーをエンパワーするトランザクションシステムと、ビルダーをエンパワーするブロック構築システム)は、それ自体が分散化されている必要がある
SUAVEをシンプルに表現すると、既存のブロックチェーン・ネットワークからメモリプール(以下、mempool)とビルダーの役割を切り離し、plug-and-play型のmempoolおよび分散型のブロックビルダーとして、各ブロックチェーン・ネットワークに対して機能するパブリックチェーンだ。複数のチェーンに対応することで、クロスドメインMEVへの対応を容易にするというわけだ。
詳細はFlashbotsによる記事をご覧いただきたいのだが、SUAVEが実装されることで、ユーザーにとってはOFAによるMEVの還元等がインセンティブとして働き、またビルダーにとっては先述のクロスドメインMEVでの参加がインセンティブとして働くことになり、結果としてEOF回避の力学が働くことになるというわけだ。
ちなみに、上述のSUAVE解説ページで出てくるプリファレンス(preference)とは、一般的には「インテント(intent)」と呼ばれる概念で、ユーザーがトランザクションの作成自体を第三者へとアウトソースするという考え方になる。以下の再掲画像にある “solvers in OFA” のソルバー(solvers)も、インテントの別称の一つだ(プレイヤーによってインテントの表現方法は変わる)。
SUAVEはこのプリファレンスを軸にして、OFAの分散型ブロックビルディングを実現しようとするものだ。プリファレンスには、Ethereumのような特定ドメインにおける実行ペイロードを含めることもできれば、ユーザーが達成したいことをより抽象的に記述して最適なルーティングを実行者に任せることもできる。
以上の前提知識を踏まえて、ここからは、「Web3 Transition Summit」におけるMEVセッションの様子をお届けする。
MEV再分配で考えるべき論点とは
Roy Lu:ここにいる参加者であれば、MEVのコンセプトそのものについてはご存知だと思いますが、PrimevとSUAVEについては詳しくない方もいらっしゃると思います。ということで、まずはこれら2つのトピックと、MEV空間におけるビルダー経験をどのように改善させていくのかについて、それぞれお話いただけたらと思います。
Tomasz K. Stańczak:SUAVEはMEV空間におけるメカニズムのマーケットです。我々は日々MEVの流通に関しての議論はもちろん、EOFやユーザーのプライバシー、ブロック構築の中央集権化、それから複数ドメイン接続によるクロスドメインMEVへの取り組みへの可能性などについても継続的に話しています。ただ、どれも一朝一夕に答えが出るようなものではありません。というのも、MEVを抽出するためのシステムやプロトコル、メカニズムなどには、さまざまな設計の可能性があるからです。SUAVEは、何か一つの“思考プロセス”へと一元化しようとするものなのではなく、様々なドメイン(ブロックチェーン・ネットワーク)に対して多様なエンティティが最適なやり取りを実現できるようなメカニズムを提供しようとしています。具体的には、バンドラー(bundlers)がユーザーからの最適な情報をキャッチしたり、各ブロックチェーンがレイテンシーやオーダーフロー、サーチング活動の種類等に応じて最も収益性の高いブロック構築のメカニズムを選択できたりするようにするのです。
Murat Akdeniz: 私自身、直近の経歴はBlockNativeという主要なブロック・ビルダーで有名な企業でプロダクト・リーダーを務めていたのですが、SUAVEはかなり有望なプラットフォームだと感じています。それこそサーチャーから、もっとこうしたい、私たちのブロック・ビルダーともう少し連携したいといった問い合わせをたくさん受けていました。既存のPBSの仕組みではMEVに関する非効率な部分があるので、やるべきこともたくさんあったわけです。Primevは、そんなサーチャーからのお問い合わせから始まったものとなります。
Primevとは:MEVエコシステムのためのzkデータ・プロトコルサービス。MEVに関するアクター(サーチャー、ビルダー、プロポーザー等)を結びつけることで効率性を高め、現在のPBSパイプライン機能を拡張することを目的にプロダクトを提供している。詳細は以下を参照。
https://primev.xyz/
https://docs.primev.xyz/docs/Overview/Welcome
Murat Akdeniz:当時からBlockNativeは相応の市場シェアをとってはいましたが、そうは言っても市場全体からしたらまだ少ないもので、ユーザーからの要望を全然満たせていない状況でした。そこで、ビルダー同士をつなげることで調整の非効率性をできるだけ排除できるのではないかというアイデアが生まれ、FlashbotsやEthereumファウンデーションのメンバーに依頼することで最終的にPrimevとなったという経緯があります。PrimevのようなものがSUAVEのようなネットワークやプラットフォームの上に登場することで、調整の非効率性を軽減し、各サービス/ツールの分散化やアクセス、民主化を促進したいと考えています。
Roy Lu:私の理解が正しければ、SUAVEはMEVサプライチェーンの調整インフラであり、Primevはサーチャーとビルダー間のコミュニケーションプロトコルのようなものですよね。MEVの魅力は、システムによって参加者から引き出された価値をどのように再配分するかということに尽きると思うのですが、これまでMEV-ShareやMEV Burnの登場によって、より多くの価値がユーザーへと還元されるようになってきたと思います。一方で、その価値はすべてのETHホルダーに帰属するか、それともMEVの機会を引き起こした人々の行動に帰属するのか、という議論があります。この文脈での「公平性」について、皆さんはどのように考えていますか?MEVの再分配はどのように進化していくとお考えでしょうか?
Tarun Chitra: 私自身、昨年は論文執筆に相当な時間を費やしてきまして、いわゆる公平性の枠組みについて定義しようとしてきました。ご存知の通り、PoS(Proof of Stake)のような仕組みにおいては、人々はステークを解除して別のネットワークに移動したり、ETHを取得してDeFiの別の場所に置いたりするような力学は少なくなるので、資本を維持するためのコストが内在していることになります。これはセキュリティにとって非常に重要なことです。というのも、PoSネットワークは担保の面で極めて非効率的でもあります。著しく担保過剰なのです。担保過剰であることで安全性を高めているわけですが、次第にその非効率性が注目されるようになり、もっといい方法はないかと模索し始めるのです。このように、公平性の1つの観点として、ネットワークの安全性の話があります。他にも、MEVによってユーザーとバリデータがそれぞれ受け取る利益の違いや、ユーザーが受け取る利益の最悪のケースと最高のケースの違い、という観点もあるでしょう。いずれにせよ、一意に定義することは非常に難しく、SUAVEに携わる人であってもそのあたりが腹落ちしている人は少ない印象です。
Tomasz K. Stańczak:MEVの再分配では、複数の解決策が存在する場合、最も価値を提供する「勝者」が選ばれます(ブロックチェーンにおけるトランザクションの選択や順序付けにおいて最大の価値を抽出することを意味する)。抽出される追加の価値は、ネットワークから公平に得られるものとされていて、この価値は、ユーザーや他のアクターにさまざまな方法で還元される可能性があります。というのも、MEVについて話すと多くの場合はどうしても金銭的な利益の話になりますが、「UI/UX」(ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス)の向上という形での価値提供も含まれる可能性があります。つまり、サービス提供の過程で金銭から体験、あるいは体験から金銭への価値転換が行われ、この過程で優れたサービスを提供する人々は、追加価値を獲得することができます。そう考えると公平性とは、システムからサービスのコストや革新のためのコスト、および他者が支払いたいと思う価値の提供コストに相当する価値を抽出できる状態であると定義されるでしょう。当然ながら、ユーザーは他のネットワークよりも優れたネットワークに対して支払いたいと考えますし、ネットワークとしても、他のネットワークとの差別化を図ることでこの競争を繰り返そうとするでしょう。
Murat Akdeniz:この文脈であまり語られない視点として、ネットワークを利用する「目的」という概念もあります。例えば、石油の例で考えると、ユーザーは単にチェーン上の石油資産を購入しようとしているだけかもしれません。彼らはMEVを抽出するためにネットワークに来たわけではありません。そして、価格面で明らかな不利益を被らない限り、そして彼らが目的を果たすことができるなら、ネットワークから必要な利用を得ることができると言えるでしょう。その場合、余分なMEVが生じたとしても、それはネットワーク上の他のアクターに属することになるかもしれません。しかし興味深いのは、MEVが実際には普遍的であるということです。チェーン外で起こることがチェーン上のMEVに影響を与えています。たとえば、あなたがBinanceで100万ドルのETHを取引すると、ETHのオンチェーン価格に影響を与えます。したがって、Binanceでその行動を取ったため、Binanceのユーザーはチェーン上で起こることに影響を与えたため、ある程度のMEVを受け取る権利があるかもしれません。誰が何に値するかというバランスは非常に曖昧です。そして、我々はこの目的の概念を考慮に入れる必要があります。なぜあなたは今日これを使おうと思ったのか、そして本当にそのネットワークを利用したのか。そして、残った豊富なリソースは他のアクターに分配されるかもしれません。もちろん、これらの境界線は現在非常に恣意的ですが、MEVの再分配に際しては、この目的の概念を考慮する必要もあると思います。
公平性から考えるエコシステムのあり方
Roy Lu:デザインの中立性というコンセプトについて、もう少し議論を深めていきたいと思います。今回の登壇者である私たちは、経済学やオークション設計に大きく依存していて、自由市場がMEVサプライチェーンの各段階で、さまざまな関係者に価値がどのように流れるかを決めると言っています。一方で、この外部性は非常に複雑で、それ故にレイテンシ(待ち時間、遅延)の増加をもたらしています。このような、デザイン中立性と最終的なUXへの影響のバランスを見つけ、レイテンシの問題を解決するためにはどうしたらいいとお考えでしょうか?
Tarun Chitra: 少なくとも私にとっては、解決は難しい問題だと感じます。というのも、ブロックチェーンがパーミッションレスな行動に適している理由の一つは、レイテンシを手数料に置き換えることにあります。あるレベルで、オークションを時間ベースのものから、何らかの形で価格空間に変換されたようなものに反転させています。しかし、問題は、レイテンシ空間における非常に優れた最適なものと、価格空間における最適なものとの間に一貫性がないことです。不確実性の原理のようなものがあり、任意の利得関数に対して両方で最適になることはできません。
Tomasz K. Stańczak:レイテンシを相殺するのは、複雑で、保護と公平性と再分配の仕組みを提供するシステムに引き寄せられるオーダーフローの価値です。その環境でも良いと考えるオーダーフローが集まるということです。もちろん、SUAVEをベースとしたマーケットでブロック構築にかかるレイテンシーの公平性を競い合うものもあれば、ヘッジファンドで運営されているサーチャー・ビルダーのような、極めて中央集権的なものもあります。後者は、超底レイテンシソリューションと言えますね。どちらが優れているのかは、最終的にはマーケットが決めることです。いずれにせよ、今は複雑怪奇かもしれませんが、時間が経つにつれて理解も浸透していき、どんどんとシンプルになっていくだろうと考えています。
Murat Akdeniz:私はレイテンシについて、少し辛口な考えをもっています。今のコミュニティではレイテンシに関していくつかの流派があると感じていて、レイテンシを中央集権的なものだと捉えて完全に反対する人たちがいれば、一方でレイテンシを適者生存のようなものだと考えて完全に受け入れている人たちもいますよね。しかし、例えば自然界に目を向けてみると、自然が進化する方法はその独自のレイテンシ、つまりスピードを通じてです。より速いものが進化し、その生物は生態系の他の部分と絡み合い、生態系と自然はある程度首尾一貫しています。つまり、スピードは自然がどのように機能するかの非常に基本的な部分です。自然こそが公平だと言っているわけではありませんが、私たちが設計するシステムにおいて、スピードという概念を排除するべきだとは特に思っていません。とは言え、完全にレイテンシに基づいたゲームと、レイテンシをまったく考慮しないゲームの間には、間違いなく中庸があるとも思います。要するにバランスが大切だということです。
Tarun Chitra: ある意味、ブロックチェーン・ネットワーク間のブリッジは公正な取引契約とみなされます。2つのチェーンは、ある種の協定を結んでいて、両チェーン間には相対的な課税比率が存在することになっています。そして本当の疑問は、誰もがこうした協定を結ぶことができるパーミッションレスな環境において、このような協定は果たして公正なのか、ということです。私は、この地球上の人類社会の歴史において、本当に公正な取引協定など存在しないと言いたいのです。一部の人々にとっては公平でも、すべての人にとって公平であるはずがない。だからこそ、マルチドメインMEVのようなものには本質的に問題があるんですよ。
Murat Akdeniz:同感です。まあ僕らみたいなのは少数派でしょうけどね。
Roy Lu:公平性といえば、L2ソリューションはヴィタリックによる ”The Three Transitions” という記事を経て、まさに春を迎えようとしています。そして、それぞれのロールアップでアプローチの違いが見られますよね。例えばOptimismはよりMEVオークションを積極的に採用しているし、zkSyncは獲得したMEVをユーザーに還元したいと考えています。このようにアプローチが異なる世界において、エコシステム間のブリッジの公正な取引契約はどのようになるとお考えでしょうか?
Tarun Chitra: これって、課税回避のために国籍や管轄を移す人はいますか?という質問と本質的には一緒ですよね。MEVをユーザーに還元するのも、MEVをステーキングプールに還元したり、シーケンサーやリステーキングプールに還元したりするのも、いずれもユーザーに対して異なる種類の税金を選択させているだけですよね?つまり、誰が税収を得るかという問題です。基本的に取引協定は、税率をある程度アービトラージする方法なのです。そして、それを避ける方法なんてものもありません。パーミッションレスな環境では、税率をアービトラージする新たな方法を構築できるのに対し、パーミッションのある現実の環境では、税率をアービトラージするのは非常に難しく、それこそ国籍を変えなければならないでしょう
Roy Lu:たしかに、みんながみんな定量的判断のみを下すのだとしたら、今頃みんなケイマン諸島に住んでいるでしょうね。
Tarun Chitra: だからこそ、目的は重要なんですよ。SHxxHOLEに住むということは、別にSHxxHOLEに住むことを目的としていないということです。
Murat Akdeniz:コメントが難しいですね(笑)結局のところこの話は、パイプラインがプロポーザーとできるだけ多くの収益を共有するものだった時代に、ユーザーと一部のMEVを共有するという議論が多くなったときに生じたものです。そこから、ユーザーにキックバックを提供できたらどうかという考えが生まれました。私は当時、BlockNativeの一員としてビルダー視点で考えていましたが、一方のブロックではプロポーザーにすべての収益を提供し、もう一方ではユーザーに収益の一部を提供する場合、プロポーザーはどちらを選ぶかと考えていました。答えは明白です。そして、実際にそのように展開しています。しかし、Flashbotsからの反論ももっともで、ユーザーにより多くのキックバックを与えることでより多くのオーダーフローが集まり、より多くのユーザーが戻ってくるというものでした。最新のデータによるとキックバックはこの理論が機能するほど大きくはなかったと思いますが、理論自体は成り立っており、強気市場ではより多くのトランザクション量が見られるかもしれません。そう考えると、SUAVEはこの辺りのギャップを埋めるのに適したものであると考えられますが、現状で言うと、理論が実際に機能するほどの規模の経済が実現しているとは思えません。
Tomasz K. Stańczak:EthereumのメインネットでMEVについて話し始めたのは、しばらく経ってからでしたね。DeFiが登場した際、チェーン上でのネガティブな行動やガス価格の過度な上昇などの問題が目立っていたと思いますが、現在のL2ソリューションは、このような問題にまだ完全に対応しきれていません。とは言え、彼らは様々な研究とエンジニアリングの課題に取り組んでいて、それぞれ異なるアプローチを採用しています。これらのL2ソリューションは競争しながら進化し、より良いネットワーク選択を提供するための努力を続けているという認識です。
Tarun Chitra: とはいえ、いずれは絶対にコモディティ化していき、ユーザーやトランザクションの実行者はオフチェーンとオンチェーンのハイブリッドモデルに移行し、特定のプラットフォームやロケーションに固執しなくなると思います。巷で言われる「インテント」はバズワードかもしれませんけどね。ユーザーがPEPE(ぺぺコイン)を購入したいときに、そのPEPEがArbitrumであろうとOptimismであろうと気にしないような抽象化に移行しようとしています。そして長期的には、多くのロールアップが持っている金銭的なプレミアムがなくなると思っています。
これからのブリッジとクロスチェーンメッセージングプロトコルの役割
Tarun Chitra: 興味深いのは、ロールアップの開発者たちが基本的にこれを考慮していないということです。彼らは正直なところ、自分たちのユーザーについてあまり知らないんです。一方でアプリケーション開発者たちは、ユーザーの行動をしっかりと分析しています。ユーザー行動こそが、アプリケーションがオフチェーンのフルフィルメントメカニズムへと移行する理由です。もしロールアップがコモディティ化されるとすれば、ユーザーはこれらの種類の価値観を学ぶことはないでしょう。
Roy Lu:たしかに、将来は間違いなくゲーム内フォームファクターのようなものになると思います。そしてその間に、利害関係者間で多くの議論が起こることでしょう。トマス(Stanczak氏)が以前言っていたように、異なるL2間のコラボレーションプラットフォームは、ユーザーがMEVエコシステムからより多くのユーティリティを得るための一つの方法です。プライベートmempoolを使って最大のキックバックを得るユーザーもいれば、よりオープンで協調的なMEVサプライチェーン経由の利益を得るユーザーもいるわけで、両者間には常に緊張関係が生まれることになります。これについて、私たちはどう考えるべきでしょうか?
Murat Akdeniz:ユーザーは、このようなことから数段階のレベルで抽象化されることになると思います。これについては、実世界で例えることができると考えていて、例えばニューヨークには店舗の衛生状況をA〜Cのいずれかで格付けする制度があるのですが、たとえCの店舗でも美味しいものは美味しいわけです。というのも、結局僕たちはスマホを使ってすぐに自宅まで注文することができるからです。
Tarun Chitra: 検査官が台所でネズミを見つけたとしても、A評価を得ることができちゃいますよね。他の違反がないだけ。
Murat Akdeniz:そうですね(笑)この場合のネズミの例えは、毒性MEV(toxic MEV)みたいなものですかね? いい値段でPEPEを購入できさえすれば、サンドウィッチ攻撃されても構わないという。
Tarun Chitra: だからネズミ点心(Dim-Sum Rat)っていうミームコインを作るんだ。
一同:(笑)
Tomasz K. Stańczak:ちょっと話が外れてしまいましたが、少し戻って、それは選択の問題だと思います。ユーザーはUXや長期的な条件、セキュリティ、健康、おいしさなどに基づいて選択します。でも、もしこれがすべて隠されているとしたら、抽象化されたレベルごとに代償を払うことになるでしょう。もしもユーザーが、高度なトレーディングショップのように自分で最適化する能力があるとするならば、他人に任せるなんてことはしないはずです。自分でやった方が効率的ですからね。この話は、単一のバリデータとプールと同じです。私たちは、MEVチェーンの中で、リテールユーザーと単一バリデータにできるだけ多くの効率性を与え、バランスの取れたシステムを構築しようとしています。バックグラウンドでは、ユーザーは異なるL2間で流動性がどこにあるのか気にしないかもしれませんが、そうはいっても流動性が分断されることを好むとは思えません。流動性は最適なパターンに従うでしょう。そして、すべてのインテントや抽象化された機能は、結局何度も同じ場所に流動性をリダイレクトすることになるかもしれません。ユーザーは気にしないでしょうが、必ずしもL2をコモディティ化するわけではなく、L2の独占をもたらすかもしれません。
Tarun Chitra: SUAVEについて、もうひとつ付け加えたいことがあります。実は皮肉なことに、インテントモデルがSUAVEの価値をロールアップそのものよりも高めているのかもしれないと考えています。というのも、もしロールアップが個々の交渉力を失って全体に同意しなければならなくなった場合、例えばトランザクションの追加や並べ替えの正確な方法について、いくつかの注文ルールや追加的なコンセンサスルールに同意しなければならなくなります。流動性の分断が問題になる可能性があることには同意しますが、PEPEのMEV分布を見ると実際には多くの場所に分散しているし、多くのユーザーはそれほど気にしていないようでした。
Tomasz K. Stańczak:たしかに、ブリッジの効率はいいですよね。つまり、あるチェーンと他のチェーンの間をブリッジするのに多大な労力とコストがかかり、すでに特定のチェーンに資産を持っている場合、流動性の分断は起こり続けるということです。中には超効率的なブリッジもあるし、分散化されたシーケンスによる極めてスムーズなブリッジ、アトミックなブリッジなどを目指しているところもあり、その結果、流動性が一箇所に集中することになったりもします。でも、今のところブリッジは非常に非効率的で、安全性が低く、コストがかかるものと言えます。自分が望む執行市場で取引できるとは限らないし、そこに移動するには非常にコストがかかることにもなります。
Roy Lu:ブリッジングといえば、トランザクションがよりアトミックなクロスチェーンになり、トランザクションにプログラマビリティを加えることができる通信プロトコルの世界では、ブリッジとクロスチェーンのメッセージングプロトコルはどのような役割を果たすのでしょうか?
Murat Akdeniz:ブリッジとクロスチェーンメッセージングプロトコルは、異なるブロックチェーン間のトランザクションを円滑にし、効率的にするための中核インフラとして機能すると思います。ユーザーはUberのようなサービスを通じて、複雑なブリッジングプロセスを意識せずにクロスチェーン取引を行うことができるようになるでしょう。PrimevやSUAVEのようなものが、この場合のUberになり得ると言えます。時間とともに、これらのツールやミドルウェアはより深くシステムに組み込まれ、ユーザーによるそれらとの相互作用は減少していくと思います。
Tarun Chitra: この部屋の中の何人がテレグラムのボット(Banana Gun、Unibot等)を使ったことがあるかは分かりませんが、当初のボット利用者はTelegramにシードフレーズを直に貼り付けるなどして、セキュリティ的に相当リスキーな行動をとっていたものです。それが現在は、Fireblocksのようなパーミッション型のものやターンキー型のものなど、より安全なサードパーティーのマルチシグウォレットを利用する傾向にあります。今後、ユーザーはブリッジ等の取引の詳細を意識することなく、ウォレットを操作できるようになることでしょう。1PEPEの取引の際に、実は0.25がArbi PEPEで0.75がOptimism PEPEだとしても、どうでもいいことなのです。ブリッジの存在を知らない、なんて人もいるんじゃないでしょうかね。
フル動画はこちら
後続の議論では、オンチェーン・トランザクションの増加による評価システムのあり方や、MEVとプライバシーの兼ね合い、完全準同型暗号(FHE:Fully Homomorphic Encryption)の可能性などに言及された。これらも含めたフルのディスカッション内容については、以下の動画をご覧いただきたい。
(参考記事)
https://writings.flashbots.net/the-future-of-mev-is-suave/
https://volt.capital/blog/understanding-order-flow-extractable-value
https://collective.flashbots.net/t/mev-week-paris-from-zero-sum-to-positive-sum/1963
https://medium.com/@ebunker.io/suave-making-mev-a-layer-of-ethereum-1fa49f033fb0
https://zenn.dev/adachi/articles/d363b0f8a8d799
https://diveintocrypto.xyz/p/web3-intent-based-architecture
https://note.com/standenglish/n/n9f4ed43b6b17
取材/文:長岡武司