総額32億円の資金調達を機に、牧野正幸氏の新構想について元ワークスの編集長がインタビューしてみた

 2023年9月13日、牧野正幸氏率いるHRテックベンチャーの株式会社パトスロゴスが、プレシリーズAにおいて19.5億円の第三者割当増資の実施を発表した。これで同社は、創業以来の累積資金調達額が総額32億円になったという。

 牧野氏と言えば、日本初の大企業向けERP開発を手がける株式会社ワークスアプリケーションズの創業者として、20年以上に亘ってバックオフィスを中心にパッケージシステム文化を浸透させてきた功労者として知られている人物だ。毎年数万人が集まるインターンシップの実施でご存知の方も多いのではないだろうか。

 そんな牧野氏がワークスアプリケーションズのCEOを退任したのが2019年。それから約2年後の2021年10月1日に同氏はnoteにて再始動を発表し、パトスロゴスの設立、および日本全体のDX成功に向けた事業展開をスタートさせる旨を提示した。

 あれから2年。今回の資金調達を経て、牧野氏はどのような製品・サービスを展開し、またどんな構想をもって日本のDX市場に切り込んでいく予定なのか。今回は、元ワークスの保守コンサルタントでもあるThe WAVE編集長・長岡(ワークスは2014年に退社)が、元ボスの今後の展開についてお話を聞いてきました。

※本記事は、以下インタビュー内容のエッセンスを抽出して再編集しております。フルでのインタビュー内容を知りたい方は以下の動画をご覧ください。

※記事中にある「元ワークスとしての補足」については、あくまで筆者が同社に在籍していた当時の情報を回想しながら記述しており、現在の同社の状況等を示すものではありません。

目次

ワークスアプリケーションズ創業の理由と、感じ始めていた違和感

--パトスロゴスさんが展開する製品群は主にエンタープライズ(いわゆる大企業)向けと伺っています。まずは昨今のエンタープライズ市場を取り巻く環境について、これまでの背景も含めて教えてください。

牧野:前職を創業したのが1996年だったので、少し、その頃のお話からします。当時、グローバル企業のバックオフィス系システムというのはパッケージソフトを使うのが当たり前だったのですが、日本ではエンタープライズを中心に、まだホストコンピューター上で動くシステムを使うことが一般的でした。つまり、オーダーメイド生産かつ手作りでゼロからシステムを作り込んでいました。

今でこそパッケージシステムという選択肢は一般的になっていますが、当時は「個別最適化こそが日本の競争優位だ」「安直なパッケージではクリアできないんだ」という意見が根強くあり、多くの企業はコスト度外視でシステム構築を進めていました。一方でバックオフィスのような守りの領域にお金を使い果たしてしまい、マーケティング等の攻めの領域への投資が十分にできていないという議論もあり、IT投資に対する課題意識もいよいよ本格的に議論され始めたという時代でした。

《元ワークスとしての補足 by長岡》

ワークスが創業された1996年時点でも、いわゆるERP(Enterprise Resources Planning)市場は国内にも存在していましたが、ドイツのSAPやアメリカのOracleといった海外製品が市場シェアの大半(当時の資料で80%近く)を占めている状況でした。2000年代の、企業によるコスト削減トレンドに入る直前あたりの、まだ日本が全体的に牧歌的なシステム投資の世界観だった頃の話です。

牧野:そんな中、当時私は所属していた外資系IT企業でSAPさんを扱うプロジェクトにアサインされていたのですが、やってみて思ったのが、すごい機能があるわけですよ。もう圧倒的な量の機能があって、日本にあるような“なんちゃってパッケージ”とはワケが違ったんですよね。グローバル企業がゼロから作らないで済むのはこれだったんだなと理解して、自分たちでもこういったパッケージを作らないかと、コンサルタントとして社内外で提案して回ったのですが、結果的にはどこも乗ってこなくてですね。

要するに、トップは「方向性としてはそうだね」となるのですが、実際の現場に話を持っていくと「SAPもOracleもあるから今さら作る必要なんてない」「自分たちはカスタマイズで儲けているので不要だ」「逆にパッケージが普及してしまったら自分たちのビジネスがシュリンクしてしまう」といった形で全然進みませんでした。

これって、完全に提供側の論理じゃないですか。日本企業の競争力がどんどんと落ちていくことが懸念される中、誰もやらないなら仕方ない、ということで起こしたのが前職のワークスアプリケーションズ(以下、ワークス)という会社でした。

《元ワークスとしての補足 by長岡》

様々なバックオフィス業務の中でも、日本のHR領域(人事・給与・労務制度等)は諸外国と比べて非常に複雑であったことから、ゼロから構築すると特にITコストが膨れあがってしまうという状況でした。特に税法や社会保険法のあたりは非常に厄介で、例えば法改正によって社会保険のルールが変われば、それだけでスクラッチ開発した計算式等や、その前提で作り込まれた各機能の改修が必要になります。このように定期的に発生する法改正をはじめ、会社としての人事制度の変更等も逐次システムに反映する必要があるので、保守・運用コストが膨れ上がっていったということです。そんな背景から、ワークスアプリケーションズでは真っ先に人事給与領域でのパッケージシステムの開発・提供に着手します。そして創業の1996年から4年後の2000年には、大企業向け人事・給与ERP市場において、ワークスはSAPとOracleの躍進を抑え、シェア49%でトップに躍り出ることになります(書籍『クリティカル・ワーカーの仕事力』(ダイヤモンド社)を参照)。ちなみに、僕がワークスに所属していた頃から同製品は「COMPANY® 人事給与サービス」という名称で展開されており、社内外にて「CJK」(CはCOMPANY、JKは人事・給与の頭文字から)という略称で呼ばれていました。

牧野:ですからワークスは創業以来、とにかくパッケージを大企業でも普及させるんだという考えのもと、あらゆる企業の人事制度を包含できるように全ての業務機能を入れていこうということで、とにかく複雑怪奇な制度含めてどんどんとソフトウェアに取り込んでいきました。標準的なソフトウェアとして、高機能なものを作れば大企業も使えるだろうということで取り組んだ二十数年間でした。結果的に、HR領域においては6割近い大企業さんが使うようになり、「パッケージ、使えるじゃないか」という形でパッケージ文化を普及させたという自負はあります。

そんな中、自分の経営判断で若干違和感を感じ始めたのが2015〜2016年頃でした。

システムは肥大すると機能強化されなくなる、なぜならば…

牧野:実は先行しているSAPさんもそうなのですが、統合型のシステムって、歴史が経って機能が増えれば増えるほど、あるタイミングから機能強化されなくなります。当初私は機能強化されない理由を「十分な機能があるからだ」と判断していたのですが、実はそうではなく、機能が一定量を超えるとシステム全体が複雑怪奇になり、機能追加の影響範囲がすごいことになるからだと分かってきました。初期の5年ほどで開発していた頃に比べると、実に100倍以上の工数がかかっていたのです。

その頃から徐々にグローバルでは、統合型システムはもう巨大になりすぎたので機能限界に来ているんじゃないかという声が上がり始めていて、私たちも同じ轍にハマりはじめていたのです。

さらに2010年前後からはクラウドネイティブのテクノロジーも積極的に出てくるようになり、世間的にも採用され始めましたが、実際にエンタープライズ向け製品で大きなメリットが出ているという話はあまり聞きませんでした。

--なぜでしょうか?

牧野:クラウドネイティブのテクノロジーの強みって、シンプルな構造のデータに対してものすごく大量かつスピーディーに分散処理できるという点にあります。一方でエンタープライズアプリケーションのデータ構造は非常に複雑で、それこそ専門のコンサルタントが見ても「どうなっているんだっけ?」となるようなものです。ですから、スピードが出ないので利便性も出せない、という状況でした。

--なるほど。GoogleやFacebookのようなシンプルなデータ構造ならいざ知らず、ERPのようなシステムのデータ構造とクラウドは親和性が高くなかったわけですね。

牧野:そんな中、海外を中心に広まり始めていたのが、特定領域に特化したクラウドネイティブなSaaS製品でした。それを見て「めちゃくちゃ便利じゃん」と思ったわけです。たしかに業務全体を考えると人事給与領域は複雑なのですが、それぞれの業務を単体で切り出すと、他業務との連携は意外と発生しません。例えばタレントマネジメントだけやるとか、人事考課だけやるとか、すごく便利で処理も速いわけです。そういうSaaS製品がどんどんと出てきてしまうと、いくら高機能のERPとはいえ、使う人からすれば業務効率が圧倒的に上がるので、SaaS製品を使う方が良いに決まっているじゃないかとなるわけです。ちょうど2017〜2018年頃、海外のアナリストもこぞって「統合型ERPはもう機能限界に来ている」「SaaSの良いところを取り込んでSaaSに対してオープンにしていくべきだ」といった論調を強めていっていました。

一方でSaaS製品を使いたいとお客様がおっしゃっても、我々の製品を全面的に開放できるかというと、それも難しい状況でした。様々な業務を包含するシステムに最適化された複雑なデータ構造なんてオープンにできるものではありませんでしたし、純粋に自分たちのビジネスとして考えても、便利なところだけをどんどんと外部と繋げてしまうと、当然ながら全体的な業績に対するマイナスの影響も無視できなくなります。

以上の2点を踏まえて、私自身の経営判断として、製品をオープンにするという判断は見送りました。

《元ワークスとしての補足 by長岡》

細かい内容には言及できませんが、例えば私が在籍していた頃の製品では、従業員の異動の情報を格納するテーブルだけを考えても、一つのテーブルに履歴データがズラっと入っているわけではなく、用途に応じた数十のテーブルに分けて管理されていました。また、それらのテーブル群に対して、法改正や機能強化による構造のアップデートがしばしばかけられていたので、オープンにしたところで連携のメンテだけで莫大なコストと工数がかかってしまうということは、容易に想像がついた次第です。

--SaaSは便利ですが、一方でデータ連携などが大変なイメージです。

牧野:それについては「どこかが“コアERP”のようなものを作るんじゃないか」「おそらくSAPやOracleみたいな会社がその存在を担うんじゃないか」と言われていたのですが、それまで高機能でお客様から評価いただいていたことも踏まえて、私は、これまで自分たちがやってきた統合型に集中するしかないと思っていたわけです。

でも、実はその時にふと自分で思ったのが、もし今自分がもっと若くて、もしくはこの会社のトップじゃなければ、どっちを取っただろうと。創業の時の思いから考えると、一番正しい形のものをお客様に提供できるのが社会貢献じゃないかって。有難いことに独占に近いぐらいのシェアを持っている中で、中長期的に考えると、SaaSをもっと使いたいとかのご要望があるお客様も中には出てくるでしょう。そうなってきた時に、我々はその普及を妨げることになるんじゃないか。ここが私のなかのモヤモヤだったんですね。

せっかくパッケージにして世の中を良くしたんだけど、これからの時代、今度はそれがあるがゆえにSaaSが普及していかないと。自分の人生二十数年かけて、ここまで日本に対して良くしてきたつもりなのに、最後の10年でもしかしたら妨げになってしまう。それだけはすごい嫌だったんですね。

とは言っても自分はプロの経営者ですから、そうならないようにいろんな手を打っていってたのですが、最終的には2019年に退任することになりました。

2019年の退任をきっかけに動き始めた「HR SaaS エコシステム」

--牧野さんの退任は本当に驚きだったのですが、退任後からパトスロゴス創業までの間はどう過ごされていたのですか?

牧野:退任時の制限もあって、事業として何かをやっていたわけではないのですが、実はいろんなお客様から呼ばれて話をしていました。これから先、絶対にSaaS普及するよねと。みなさん、「未来に向けて我々はどうしたらいいんだ」って悩まれていました。

ただその時は、私にもそれに対する答えがなかったんですね。世の中では「統合型ERPの時代は終わった」みたいなことが言われ始めていて、そうは言ってもSaaSだけだとデータ連携などが煩雑すぎる。

一方でお客様だけでなく、HR SaaSベンダーの人たちとも積極的に話をしていました。この業界にはワークス出身者が多く、経営者をやっていたり、CIOやCTO、開発の中核メンバーなど、まさにワークス出身者がいっぱいいますので、彼らとも積極的に議論したんです。そうしたら一様に口にするのが「エンタープライズに入り込めない」ということでした。入れてもPoC的な使い方で留まることが多いと。つまりお客様としては、SaaSは便利だけどデータが一元化されていないし、バラバラの製品だから誰も責任を取らないリスクがある。しかも、個別に見積もりや契約を結ぶのが大変だと。

--SaaSは便利だけど、様々な業務が絡み合う大企業で使うには課題も多いわけですね。

牧野:私はもう統合型製品を作りたいと思わないし、いまさら個別のSaaSとかを作るのも違うなと。でも、今お伝えしたエンタープライズ側にとっての課題を解決するための「統合型の一元化したHRの標準データベース」を作ったら、みんな(SaaSベンダー企業)使うだろうか?みんなのためにそういう会社をつくって、エンタープライズとの窓口も一元化して、自分たちが責任をもってみんなの製品を売って、コンサルして、導入して、データ連携の保証もするとしたらどうだろうか?そんな提案をみんなにしてみたところ、上位十数社のHR SaaSの会社が、予想以上に全社「やります」って言ってくれたんです。そんな話から立ち上げたのが、パトスロゴスという会社です。

同社が提供するHR共創プラットフォーム「PathosLogos」(社名と同名)は、「人」に関する標準化されたデータベースを保持するデータ連携基盤。接続するそれぞれのSaaSサービスは独立しており機能レベルで連結しているので、共創パートナーのSaaS製品であれば、新しいサービスの導入時や既存サービスのリプレイス時において都度開発を行う必要がなく、データ連携に関する機構の導入の負担が大幅に軽減する

--例えば技術領域だと企業同士がコンソーシアムを組んで標準仕様やプラットフォームを提供することがあると思いますが、そうではなく、あくまでパトスロゴスが株式会社の製品として提供するのはなぜでしょうか?

牧野:実はそういう話は何十年も前からあったのですが、こういった業務系だとそういうことをやる団体がまずいません。もしあっても、そこがそれだけの力を持って大企業も含めて推進できるかと言うと、なかなかできないんですね。さらにコンソーシアムというものは往々にして、誰も責任を持たないリスクもあります。誰が責任をとってくれるのかが分からない製品なんて、大企業としては怖くて使えないっていうのもあって、我々が株式会社として責任をもって進めることにしました。

なぜ共創プラットフォームだけでなく、給与SaaS「Combosite人事給与」も提供するのか

HR共創プラットフォーム「PathosLogos」のほかに、同社ではSaaS型人事給与サービス「Combosite」(読み方:コンボジット)も提供している。Combositeでは、国内エンタープライズがもつ独特の制度の複雑性や煩雑な業務に対応する機能群が、分かりやすい操作性で提供されている

--HR共創プラットフォームの必要性はよく分かりました。一方で、貴社では給与SaaS「Combosite人事給与」も提供されていますよね。これはなぜなのでしょうか?

牧野:そうなんです、実はプラットフォームだけをやるつもりだったのですが、他のSaaS製品を見ていった時に「それらに大企業の業務で必要な機能のノウハウがない」ということに気づきました。もちろん、彼らには「こういう風にした方がいいよ」と結構オープンにしてお話ししていたのですが、それを直ちに取り込むことができるかと言ったら、やっぱりなかなかできないんですよね。

特に厄介なのが給与制度と労務制度です。めちゃくちゃ複雑なんですね。特に給与制度に連携するところの複雑度合いはものすごいものがあって、これだけはどうしても自分たちで作らないと、要は対応できるベンダーがいなかったんですよ。ですから正直に申し上げて、やむを得ず作ったというのが本音です。

その上で、今回は開発メンバー中心ではなく、コンサルメンバーが中心となって作り上げていきました。まさに現場でお客様のサポートをしていたメンバーが、「日々のオペレーションがどれだけ便利になるか」ということに集中して作ったので、これはこれでいい製品になったとは思っています。もちろん、将来的にどんどんといろんなSaaS製品が出てきて、「もうCombositeじゃなくてもいいじゃん」となったら、別にこれがそんなに普及しなくても、僕はいいと思っています。

まとめると、お客様に共創プラットフォームを説明した上でさまざまなモジュールを提案していく時に、大企業の複雑な給与制度・労務制度をクリアするのであればこれ、ということで開発しているのがCombositeということです。

--基本的にはワークスの時に志向されていたように、大企業の複雑な給与制度・労務制度をクリアするために、あらゆる業務を網羅するような機能を搭載していくということですか?

牧野:いえ、2つの意味で7割ぐらいしかないようにしています。

一つ目は、例えば給与明細を出力する機能とかは搭載していません。今後も搭載するつもりはありません。ここはSaaS側の方で全部持っていってもらいます。他にも、人事情報をまとめてチェックするようなものも、人的資本経営やタレントマネジメントのSaaS製品で見て貰えばいいので、同じく搭載予定はありません。あくまでも、日常のオペレーションを便利にするために作られた機能しかなく、あくまでもいろんなSaaS製品と組み合わせてプラットフォームに乗っけない限り、これ単体では使えないものになっています。

そして二つ目は、お客様の人事制度や給与制度がこれからどんどんとシンプルになっていくことを考慮して、機能も初めから絞るようにしています。実は日本の大企業の人事制度って、この20年の間で徐々に変革してきていたわけですが、今、一気に加速的に変革しています。あらゆる人事制度って、何であれほど複雑な手当が山ほどあるかというと、賃金を上げられない部分をいろんな形で補っていかないと

不公平感が出てしまうからです。例えば、2人しか支給していない手当とか山ほどあるんですよ。今までだとそういう手当を廃止すると、その人たちに対して損失を与えてしまうことになるので無くせなかったのですが、今なら可能です。なぜなら、全体の賃金を引き上げるタイミングで「この手当はなくします」ということができるからです。猛烈な勢いで制度が整理されていっているので、過去やってきたような、あらゆる業務の網羅性が必要ということもなくなるのです。

このように、ちょっと未来の、人事制度や給与制度が変革された未来に合わせて作られているのが、このCombositeという製品なのです。

--機能開発の状況としてはいかがでしょうか?

牧野:おかげさまで今年の製品ローンチ前で10億円以上の資金を集めることができたので、前職の時に比べて、“後追っかけ”しないで済んでいます。

私が前職を創業した頃は、資金の調達はそんなに簡単じゃなく、ましてや赤字になったら資金調達不可能という状況だったので、どうしてもコストのコントロールをしながら常に優先順位を入れ替えながら開発を進めていたので、ローンチの時期もすぐにズレたりしていました。対して今回はそれが全くないので、先行してどんどんと作っていけるので、完全に計画的に作れています。すごく開発がやりやすいですね。

--ちなみに、HR領域以外に進出することはありますか?

牧野:会計領域とかももちろんありますが、今のところ私は正直、HR領域しかやる余裕がないなと思っています。実は前職の時、我々がHRをやったら、会計とかは他の会社がどこかやるだろうと思っていたのですが、全然出てこなかったんですよね。でも、さすがに今回は出てくると思います。我々がHR領域でエンタープライズの標準データベース領域を作れば、同じように会計領域を作る会社も出てくるんじゃないでしょうかね。

前の会社ほど企業規模を大きくするつもりは、もうない

--ソリューションを提供するにあたっては、開発で提供するものとサービスで提供するものがあると思います。機能についてはここまでお話しいただいた通りかと思いますが、サービス提供についてはいかがでしょうか?

牧野:今回我々は「共創プラットフォーム」と謳っていますが、共創相手としてはSaaSベンダーさんの他にも、例えばコンサルティング会社さんにも入ってもらっています。つまり、導入支援等のコンサル部分については、そこに委託しているんです。もちろんパトスロゴス社内にもいっぱい人間がいますけども、もともとワークス出身でスピンアウトして導入コンサルの事業を展開している会社さんが結構あるので、そういうところに頼んだりしているケースもまあまああるわけです。

前職の時は、あの複雑な製品を導入できる他社がいないっていう問題があって、仕方なく全部自社でやるしかなかったのですが、今回は製品そのものが実にシンプルな構造になっており、人事のノウハウがあればある程度誰でも導入推進ができるものになっているので、社内にこだわる必要がないと考えています。

外部のパートナーの方にどんどんとお願いできるので、その分、導入も非常にスムーズに進んでいると感じています。

--外部パートナーとの連携を積極化させるなかで、パトスロゴスとしては、どんなメンバーに正社員としてジョインしてほしいと考えていますか?

牧野:採用については非常に悩ましい問題で、正直、まだ僕の中でも答えは出ていないんですよ。

前職の時に本当に優秀な人たちを大量に集めていたわけですけども、それには大きな理由があってですね。要は、社会貢献性がなければ優秀な人たちを集めてはいけないと僕は思っているんですね。結局、自分たちのビジネスを拡大するためだけに優秀な人をそこに持ってくるというのは、社会にとってはロスじゃないですか。だから私は、ワークスから最終的にスピンアウトして、いろんなベンダーを作るということに関してはずっと応援し続けていましたし、ワークスはそれがうまくいって随分と「人材輩出企業」になったと思うんです。昔はリクルート、今はワークスって言われるぐらい、随分と人材が輩出されていると思うんですけども、今回私は2つの意味で、ちょっと違う方向性を取らざるを得ないなと思っています。

一つはまず、今回は非常に短い時間軸で成し遂げなければならないということがあります。前職の時は私も若かったからこそ、二十数年かけてモデルを完成させて普及させていったのですが、今回の場合は自分の寿命もあるので、もっと短期でやらなければなりません。

あともう一つは、前の会社ほど企業規模を大きくするつもりは、もうないんですね。要は共創先があるので、うちでガバガバと抱え込んでもしょうがないじゃないですか。共創先が大きくなっていくということで、我々としてはあくまでもプラットフォーマーに徹していくので、そんなに社員の数は増やすつもりがないんです。もちろん、そんなに増やすつもりはないと言っても、おそらくこの10年の間には300人とかぐらいにはなるでしょうけども、前みたいに何千人っていうことにするつもりはありません。

《元ワークスとしての補足 by長岡》

ちょうど僕が在籍していた頃に、牧野さんは「無限採用」という採用戦略を打ち出しました。同氏は、企業経営において「人材採用」を最重要経営課題と位置付けていたことから、優秀な人材であればいくらでも採用するという方針を打ち出し、結果として従業員数も数千人規模に拡大していったという経緯があります。

牧野:だからそうなると、逆に何百人なのであれば、全部元ワークスだったり、もしくはキャリアがある人だけを採用しても成り立ちますよね。前職の時に十分、人材を育てるという意味では社会貢献をしているので、私たちはどちらかというと今回は、キャリア系の人材を中心にプラットフォームを普及させていくというつもりです。

一応ちなみに言っておきますけど、ワークス本体やWorks Human Intelligenceさんから直接人材を抜くことはありませんよ。でも、ワークスからスピンアウトしている人たちが世の中にごまんといて、おそらくは元ワークスだけで数千人はいるでしょうから。

同社の求人採用ページでは「元WAP」(元ワークスの意)出身者に向けた応募枠も存在している

--そうなると、新卒採用もあまり考えていないということですね?

牧野:まだ分かりませんが、新卒を採用したところで、前の3分の1くらいの時間で何かを成し遂げないといけないので、育て切る時間がないんですよ。育つ前にビジネスがどんどんと巨大になっていっちゃうので。ですから今のところは、元ワークスを中心にキャリアメンバーを集めていくことになると思います。

DX担当者は、何の心配もなくガンガン進めたらいい

--最後に、現在DXに取り組んでいる全担当者へのメッセージをお願いします。

牧野:私は、デジタルトランスフォーメーションをやる部署の方々っていうのは、これからものすごいチャンスがいっぱいあると思うんです。そもそも、会社の中でDXをやれるというのはそれだけで大きなチャンスですし、会社に対する貢献にもなります。もちろん、今までのものを変えたくないと思う人もすごく沢山いるので、そこを変えるというのは非常に大変なことです。ただ、その経験はやるべきだと思います。万が一、これで周りや上から睨まれたり横から睨まれてダメになったとしても、DXコンサルテーションの会社はいくらでもあるので、そういうところからは引く手あまたなんですよ。

今日本で一番報酬取れる仕事って、まさにそこじゃないですか。ということは、その担当になれた時点でもう「勝ち組」ですよ。だから、そこで「なんかなかなか進まないな」とかやるんじゃなくて、ガンガン進めたらいいと思います。ガンガンやって、もしも会社の居場所がなくなっても、マーケットにはもっと遥かに皆さんを欲しがる人たちが山ほどいるので、何の心配もなくやったらいいと思います。

インタビュイー情報

牧野 正幸

1996年(平成8年)株式会社ワークスアプリケーションズを創業。
ノーカスタマイズにより、すべてのお客にシングルソースを提供する「COMPANY®」シリーズのグランドデザインを固め、日本初の大企業向けERPを開発販売する会社として、2001年(平成13年)に上場。以降自社製品だけで売上高500億超、利益は30億円超の企業に。
2019年(令和元年)に退任するまでCEOとしてワークスアプリケーションズを牽引。在任中も、数多くの上場、未上場の企業の経営アドバイスを行い、退任以降は同様に経営アドバイザーとして10社以上の企業に関わる。
2020年(令和2年)10月、日本におけるデジタルシフトの遅れを取り返すことを目的に株式会社パトスロゴスを創業。

 

取材/文:長岡武司

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この記事を書いた人

人ひとりが自分な好きなこと、得意なことを仕事にして、豊かに生きる。 そんな社会に向けて、次なる「The WAVE」を共に探り、学び、創るメディアブランドです。

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