アジア最大級の国際スタートアップ・クリプトカンファレンス「IVS2023 KYOTO / IVS Crypto 2023 KYOTO」が、2023年6月28日〜30日に亘り京都市勧業館「みやこめっせ」および「ロームシアター京都」にて開催された。
2007年にスタートし、今年で通算30回目の開催となった本カンファレンスでは、セッション数が約250、サイドイベントが100以上、参加予定者数も約1万人と運営サイドが発表。過去最大規模での実施となっている。特にサイドイベントは、海外のカンファレンスでは一般的に催されているが、日本国内のものでここまでの開催量となるのは珍しいと言えるだろう。初めて一般来場者枠を設けたことも相まって、名実ともにエポックメイキングな場となった。
DAO総研ではクリプトやWeb3を始め、これからの社会を取り巻くテクノロジーと社会トレンドの動向をキャッチすべく、複数回に亘って当日のセッションの様子をレポートする。第一弾では「テクノロジーが進んだ世界の真のウェルビーイングを考える」と題されたセッションについて見ていく。
- 奥田浩美(株式会社ウィズグループ 代表取締役)
- 湯川鶴章(ITジャーナリスト)
- 青砥瑞人(株式会社DAncing Einstein 代表取締役)
- 小澤健祐(株式会社Cinematorico 共同創業者 兼 COO)※モデレーター
「まんまる」と「海の底」。それぞれのウェルビーイングの感じ方/捉え方
「はじめまして、未来から来ました」
セッション冒頭でこのように伝える奥田浩美氏。ウィズグループ 代表取締役をはじめ、45近くの肩書きを携えて活動している人物だ。自らの職業を「未来を創る人」と表現している同氏は、「肩書きはたくさんあるのですが、何をやっているのかは問題ではなく、私がそこにいて“仲間を集める”というのが、私の意味だと思っている」と、自らのミッションを説明する。
「30年近くかけて“まんまるい人生”が出来あがって、何にもできなかった自分がITも投資もやれるようになり、お金は片方でAIなどで生み出しながら、もう片方であるべき場所に配っていく。そんな働き方をしています。今日は、ここにいられて幸せだなあと、ほんわかとした気分で一緒に座っています」(奥田氏)
ここで表現されている “まんまる” とは、「自分が思っていることの小さな種が、いろんなことに左右されずに、そのままフワっと大きくなったイメージ」だと、奥田氏は続ける。
「私が何をしていても、上から見ても下から見ても、どこから見ても私だな、と。色んな外圧にぶつかって、へこまされて、最後に残った中核が“まんまる”な私です。ほんの些細なことでも、私の居場所が「まんまる」のままあるな、私の人生がこの地球にあってよかったなという実感が、私にとってのウェルビーイングです」(奥田氏)
自身にとってのウェルビーイングな状態について、奥田氏が“まんまる”という言葉を与えるのに対して、ITジャーナリストの湯川鶴章氏は「海の底のような感じ」だと表現する。
「海の底って、ものすごく静かで、音がほとんどない世界です。海の表面は、嵐になることもあれば、カラッと晴れてサーフィンを楽しめることもあって、色んなことが起こります。色んなことが起こるんだけれども、ハッピーな時もアンハッピーな時も、海の奥底では静かで気持ちのいい空間が常に流れている状態。これが僕にとってのウェルビーイングなので、訓練をするなどしてそこに意識を向けることができるようになれば、無敵だなと思います」(湯川氏)
奥田氏もこれに加える形で「喜怒哀楽を差別しないことを心がけている」とコメントする。
「楽しいことや悲しいことなど色々とありますが、奥底の自分はすごくフラットにジーンとあって、その時々の自分の状態は揺れているけれども『私はこれでいいんだ』『まあいっか、この世界』みたいなフワッとした、そんな感じですね」(奥田氏)
このような事象の捉え方について、脳神経発明家の青砥瑞人氏は、人間の脳の注意のシステムを2軸4象限のタイプに分けて説明する。
「人間の注意のシステムを深掘りしていくと、内-外、広-狭という二軸の交差で分けることができると考えています。その上で大事なことは、幸せはどこか外にあるものではなく内側にあるもの、内側で感じるものだということ。でも、どこかで外側を追い求めてしまう自分がいる。外側に注意が向きやすい時代だからこそ、内側の幸せを感じ取れるような状態であることが大事と言えます。またその際に、点で狭く捉えるのではなく、それこそお二人がおっしゃる“まんまる”とか“海の底のよう”など、俯瞰的な視点かつ全体的な立場で感じ取っている状態であることも、大切と感じます」(青砥氏)
人間の価値の所在はもはや「頭がいいこと」「思考すること」にはない?
ウェルビーイングと聞くと、テクノロジーとは対局にある分野だと考える人も多いのではないだろうか。少し前(2018年頃)にTransTech(トランステック)という言葉で、感情面やメンタル面において人間の進化を支援する技術が日本国内でにわかに注目されたが、時代を先取りしすぎたこともあり、クロステック領域的な発展にはまだ至っていない状況だ(当時のTransTechの様子は別媒体だがこちらの記事も参考としてほしい)。
そんな中、2023年のChatGPTブームを皮切りに急速に認知・普及が広がる生成AIの存在が、ウェルビーイングにまつわる環境も激変させようとしている。テクノロジーの話とウェルビーイングの話がいよいよ合体しはじめてきたと、湯川氏は説明する。
「生成AIって、今は検索や壁打ちの代わりに使っていたりしますが、もっと使い方に慣れてくると、そもそも人が考えなくていい、“思考しない領域”にいくと思っています。『いやいや、しっかりと考えることが人間なんだから』と危機感を覚える人もいらっしゃれば、一方で『AIの方が賢いんだから、人間は考えることを放棄してもいいのでは?』と考える人も出てきました。この変化がすごく面白いと思っています」(湯川氏)
これまでの社会ではずっと、頭がいいことがそのまま存在価値になっていたところがある。経済的自由主義の下では特に、頭が良くて成果を上げ、お金儲けができる人が偉くて立派だという価値観が一般的になり、そうでない人は「ダメなやつだ」というレッテルを貼られてしまう。そんな“現代社会の常識”に「?」がもたらされ、大きな価値観変化がはじまっているのが、まさにこの生成AI時代の面白いところだと湯川氏は続ける。
「“頭がいいことが偉い”となっていたここ数百年近くの考え方に対して、テクノロジーは『本当にそうか?』と突きつけてきています。僕はここから大きな価値観変化がもたらされて、人間の価値は頭の良さではなく【愛】とか【思いやり】になっていくと思うんです。『頭じゃないんだ』と思った時に、自分の内側を見る人が増えるので、内側の細かな変化に気づく人が増えて、そこにウェビーイングがあると気づく人が増えると思います。いよいよ、テクノロジーとウェルビーイングが合体する時代にきているんだろうなと感じています」(湯川氏)
この話を受けて、奥田氏は、生成AIの登場によって「自分自身、ものすごく生きやすくなっている」と補足し、「これからは人間の内面と向き合うためのテクノロジーがもっと必要になる」と強調する。
「これまで私自身、外側の事象・情報を分析して言語化し伝えるところに、ものすごく労力を割いてきました。すごく左脳的な部分で表現しないと、そもそも分かってもらえないということが前提としてありました。でもそこはもう生成AIとかに任せてしまって、本来解決したいことが何なのか、なぜ自分はそれを解決したいと考えているのかなど、自分と向き合う時間が今までの10〜20倍も取れるようになってきました。外のことや過去に関する分析はもう生成AIに任せればいいやと思っていて、これらテクノロジーによって『今と未来に集中できる』ようになってきたと感じています」(奥田氏)
「ケアのテクノロジー」の進化に一歩入りはじめた時代
ここ数十年のテクノロジーの発展を振り返ってみると、そのほとんどは奥田氏の言う「外側の世界」の問題を解決するためのテクノロジーだったと、湯川氏は補足する。たしかに、インターネットは世界中の情報にアクセスしてインタラクティブにやりとりすることを可能にし、スマートフォンはその力学をさらに強力に後押しするデバイスとして急速に普及していった。これに対して、これからの時代は思考の部分をAIに任せ、「内側を見ていくテクノロジー」がより求められていくだろうと続ける。
「おそらく人間に残された2大フロンティアは、宇宙と自分の心の中だと思います。特に後者は現状分からないことだらけなのですが、テクノロジーによってどんどんと解明されていく時代にようやく入りはじめたのかなと、ここ1〜2年で思うようになりました。もちろん、外側の情報量がどんどんと増えているからこそ、脳がバランスをとって、内側を見ようとしていると言う側面もあると思います。いずれにせよ、この領域は本当にチャンスなんじゃないかなと思います」(湯川氏)
最後に各登壇者から、これからのテクノロジー発展に期待することや、ウエルビーイングにまつわる
「個人的には、今が人間の脳活動の分岐点だなと感じています。人口推移に目を向けてみても地球全体では人口爆発していて、人間の脳が増える中、生成AIによって知のあり方も変わってきています。情報過多な環境の中でVUCAな状況が続くと、人の脳は負担が大きくなり、攻撃的にもなりやすいと言えますが、一方でそういう時こそ人類が進化するタイミングだとも思っています。この2023年くらいから脳の使い方が変わってきたね、と、未来の人から見たら思われるような時代なのかなと思います」(青砥氏)
「1日の半分以上をテクノロジーのことを考えて過ごしているのですが、こんなこと言うと怒られちゃいますが、実は未来にほとんど興味がありません。どうなってもいいやと思っています。ある種ゲームのような感覚で未来のことを想像しているだけで、こうなってほしいという未来像は、ほぼほぼ僕の中にはありません。毎日『あー幸せだなー』と思いながら生きています」(湯川氏)
「私たちはこれまで、目標として持ったところを達成していくという生き方を学び、いろんな製品を作り、お金を積み上げて回してきたわけですが、一方で今この瞬間にここにいる方々が『幸せだ』と感じているかどうかを瞬時に伝える手段なんてないわけで、この辺りが今一番足りていない技術だなと思っています。こういった講演の場で目を瞑っているけれども寝ていない人とか、そういう人同士がなんとなくつながるようなテクノロジーや、自分が平穏であることを伝えるテクノロジー、さらに一番大切なところとして、他人に対するケアへのテクノロジーが全然足りていないなと感じます。究極の人間の価値は、何かをケアすることに落ちてくるのかなと思うので、ケアの素晴らしさをテクノロジーで示せるような時代に一歩入りはじめたこの時代は、私としてはワクワクしかありません。この場で色々と伝えたいと考えていた割には、この辺が(湯川氏あたりの空間が)ポカポカとしていて 、実はこの二人(奥田氏と湯川氏)はもう、あまり喋りたくもないんだよなと(笑)。ちょっとテクノロジーじゃないところでつながっているので、この空気がなんとなく伝わるといいなと。この会場では言葉を持ち帰らないでください。雰囲気を持って帰っていただけたらと思います」(奥田氏)
取材/文:長岡 武司