世界各地で活躍する投資家にフォーカスしてインタビューしていく「投資家地球紀行」シリーズ。前回は、世界中のスタートアップ企業に小額投資するベンチャーキャピタル「500 Startups」の創業者にして、エンジェル投資家の中でもテクノロジーにフォーカスした「スーパーエンジェル」の一人として知られるDave McClure氏にお話を聞いた。
今回の舞台は、アフリカ大陸の中でも人口が2億人を超える(2022年現在)大国・ナイジェリア連邦共和国。2021年のアフリカにおけるスタートアップ資金調達額約40億ドルのうち、ナイジェリアへの資金調達額は約13億7,000万ドルということで、最も多くを占めている状況だ。そのような背景から、2022年10月にはスタートアップ法(Startup Act)が制定され、テクノロジー関連の人材の育成/成長の促進をはじめとする法制面でのスタートアップエコシステムの整備が急速に進んでいる。アフリカでスタートアップ法が成立したのは、チュニジア、セネガル、ケニアに次いで4カ国目だ。
本記事では、同国最大の経済都市・ラゴスに拠点を構えるOui Capital社で、Co-founder & Managing Partnerを務めるOlu Oyinsan氏に、ナイジェリアでの投資環境の変化やポイント等を伺った。2019年創業の同社はアフリカにフォーカスするVCとして、主にアーリーステージのテクノロジースタートアップを支援しており、Digital CommerceやEnterprise Software、HealthTech、EdTech、それからFinTechなど、2023年末時点で20のスタートアップへと出資している。
また、ファンド・オブ・ファンズで同社創業初期に出資しているKepple Africa Venturesからの視点として、これまでThe WAVEで何度もお話を伺ってきたGeneral Partnerの品田 諭志氏にも途中からインタビューに入っていただき、両社連携のビジョン等について伺った。
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アメリカでのMBA取得・就業を経て、ラゴスにて創業
--まずはOyinsanさんのこれまでのご経歴について教えてください。
Oyinsan:最初のキャリアとしては、商業銀行で信用リスクに携わるところからスタートしました。ラゴスのRedeemer’s大学で学んだ後、Guaranty Trust Bankという有名な銀行に入行したのです。そこで3~4年ほど従事した後、今度はアメリカに渡ってボストンのHult International Business Schoolで財務と戦略を専門にMBAを取得しました。
--一度、アフリカから離れたんですね。
Oyinsan:MBA取得後は、ForresterというNASDAQ上場のコンサルティング会社に短期間在籍し、それから少し前に有名になったSilicon Valley Bank(SVB)に移って、そこでアーリーステージへの投資について学びました。当時私は、ボストンやニューヨーク、バーモント、ワシントンDCから上の全域といった、アメリカ東海岸全域のアーリーステージの企業と仕事をしていました 。そして2017年、私はアフリカに帰国することを決めました。
というのも当時、Flutterwaveというナイジェリアの小さなフィンテック企業がシードラウンドの資金調達を行ったのです。個人的にはそれが、アフリカにベンチャーの時代がやってくることの大きな契機だと感じました。デジタル革命まっしぐらな状況の中、アフリカのことをよく知り、かつグローバルな文脈をよく知っている自分がやらずして誰がやるのか。自分以上の適任者はいないだろう、と考えたのです。
--帰国後はどうされたのですか?
Oyinsan:まずはIngressive Capitalというアーリーステージ・ベンチャーファンドで、投資部長兼バイスプレジデントを務めました。そこでは多くのユニークなディールに参加したわけですが、その中の一社がPaystackという法人向け支払処理プラットフォームを提供するスタートアップでした。アフリカを代表するフィンテック企業の一つで、優秀な起業家の元、売却に成功しました(米国のStripeが2020年に買収)。
このような経緯を経て、2019年のはじめ頃に、Oui Capitalの共同創業者であるFrancesco Andreoliと一緒に事業を営むことになりました。二人で仕事をするのは初めてではなかったのですが、どうせなら今までと違うことをしたいねと話していました。つまり、TechCrunchに注目されず、スタンフォード(有名大学)にも行かず、いわゆる一般的な起業家のパターンに当てはまらないような起業家に投資したいと考えたのです。これがOui Capital創業の思いです。そして同じタイミングで、アフリカにも大きなビジネスのうねりがやってきている状況でした。
--というと?
Oyinsan:東南アジアで起こったような革命が、アフリカでも起こり始めていたのです。つまり、モバイルやスマートフォンの普及とデータ通信コストの低下に伴い、アフリカが開発の「最後のフロンティア」として世界に開かれたのです。そして、私たちはそのストーリーの一部になることを決めました。起業家たちがアフリカ大陸を支援するのをサポートしようと。今でも、Oui Capital創業が昨日のことのように感じます。
着々と進むスタートアップエコシステムの整備
--ナイジェリアで投資活動をすることの「難しさ」について教えてください。
Oyinsan:ご存知のとおり、投資と言っても「実際に投資する業務」以外に「ストラクチャー部分」というものがあります。ここが難しい。要するに、資金を積極的に呼び込み、その資金を保全/回収するための法的な枠組みのことです。もちろん、世界のどこにいったとしても大なり小なりビジネス上の難しさというものはあると思いますが、ここナイジェリアは特に厳しい環境だと感じています。そのひとつが外貨の獲得です。ファンドマネジャーはソブリンリスク(国家に対する信用リスク)の影響を軽減するために、日々さまざまな戦略や手法を考えているわけです。単なるファンドマネジャーではなく、リスクマネジャーでもあると言えます。当然ながら、その視点はポートフォリオ構築にも反映されることになります。
また、既存の規制ではテクノロジー・スタートアップ・フレンドリーになっていないという問題もあると感じます。米国・シリコンバレーと比べると、どうしても整備が遅れていると感じます。とはいえ、ナイジェリアのCAMA(会社法:Company and Allied Matters Act)は着々とアップデートが進んでおり、私たちの意見を多く取り入れたスタートアップ法の整備も進んでいるおかげで、起業そのものは格段にしやすくなってきています。
--投資サイドの視点でも環境は改善されていると。
Oyinsan:1年ほど前、アフリカのある年金基金と話をしたときのことですが、ナイジェリアのベンチャーエコシステムやPEエコシステムには、アフリカからの資金よりも、私立基金や保険会社といった米国のファンドマネージャーからの資金が多いという実態がありました。でも、そのような状況も変わり始めており、いくつかのファンドにLPS(投資事業有限責任組合)として参加するケースも出てきています。もちろん、ビジネス面ではまだ改善が必要ですけどね。
さらに大きな問題は、他の多くの国とは異なり、ナイジェリアやアフリカでは所得分布が随分と偏っているということです。よって、ビジネス・リスク、消費リスク、需要リスクに見舞われるプロダクトが相対的に多くあるということです。素晴らしいプロダクトであっても、アフリカで成功するためのクリティカル・マスを持たないものがあるわけです。
--なるほど。そのような環境において、Oyinsanさんが投資活動を営む上で大事にされていることを教えてください。
Oyinsan:私たちは「起業家の才能」に大きく賭けています。ハーバード大に行ったとか、スタンフォード大の博士課程を中退したとか、そういった情報はほとんど気にしません。私たちは、自身のDNAでもある「アフリカの独創性」を重視しているのです。そして、起業家に投資する際にも、それを反映させたいと考えています。そのためのアプローチとして、私たちは自分たちが起業家として市場の立場に立ち、「このプロダクトは素晴らしいけど、果たしてこの市場で成功できるのか?」や「起業家たちのエネルギーを最も発揮できる場所になれているか?」という感じで、しっかりと省みるようにしているのです。ある意味で、私たちは起業家よりも市場や市場力学をよく見ることができる立場にいると感じているので、本当にじっくりと市場をチェックするようにしています。アフリカの素晴らしい企業、素晴らしいアイデア、素晴らしい試みは、私たちだけのものではありません。当然のことですよね。だから、私たちは市場や市場力学に大きく傾注しています。
もちろん、ベンチャーキャピタリストが見るべき情報としてチームや市場の他にも、牽引力や成長性などたくさんの要素があります。でも繰り返しお伝えしている通り、私たちは市場と起業家チームを別々に見て、その上でそれらを統合していくのです。ここが一つ、ユニークな点だと感じています。
Kepple Africa Venturesとは非常に共生的な関係
--Oui Capitalを創業された当時と現在を比べてみて、ナイジェリアのスタートアップエコシステムはどのように変化/進化したと感じられますか?
Oyinsan:非常に興味深い質問ですね。非常に成熟してきていると感じていて、それこそスタートアップの作り方や資金調達の仕方、投資家とのリレーション方法、ピボットのタイミング、それからエグジットプランニングなどに関する起業家教育が本当に進歩したと思っています。Y CombinatorやTechstars、500 Startupsといった海外発のプログラムはもちろん、地元のアクセラレーターやインキュベーター、The Ventures Park、それからCcHub(いずれもラゴスにある起業家育成のための施設等)など、みんな起業家意識なるものをもたらすために協力してくれました。スタートアップの創業者になるということがどういうことなのか、少なくとも最初のうちはどうすればいいのかを知っている創業者が増えたと実感しています。それから、人材面でも私のようなアフリカ系出身者が大勢、外国からアフリカへと出戻りして起業しています。
--そこも重要なポイントだと。
Oyinsan:世界中のあらゆるイノベーション・エコシステムの成長を見ていると、これはとても重要なことだと思います。世界中で物事の仕組みを学び、そのエネルギーや知識、才能を地元のエコシステムに注ぎ込むために故郷に戻ってくるのです。それもエコシステムの構築において本当に助けになったと感じます。
また、COVID-19がもたらしたオンライン文化は世界を非常に大きなスケールでオープンにしてくれたので、才能や知識が自由に移動できるようになりました。アフリカ人である私たちは、グローバルな才能をグローバルな価格で獲得しようと競争しているということです。
--そんな環境下において、投資を受けているKepple Africa Ventures(以下、KAV)についてはどのような印象を持たれていますか?
Oyinsan:一言でいうと、非常に「ポジティブ」に捉えています。というのも、エコシステムが進化し始めるとき、そこに必要なのは地元のプレイヤーだけでなく、外部からの支援者も必須だと思うからです。KAVは、まだ我々がビジョンを立てていた段階で参入し、多くの地元企業をサポートしました。彼らは幅広いポートフォリオを持っていて、我々も含めて多くのスタートアップを支援しています。それがエコシステムに波及効果をもたらしていると言えます。もちろん、エコシステムが拡大すれば、その分彼らも見返りを受ける。要するに、非常に先見の明があったのだと思います。
日本のエコシステムとアフリカやナイジェリアのエコシステムの大きな違いとして、日本のような国でスタートアップが他の企業と競争するのは相当難しいですよね。というのも、日本のような国にはスタートアップがすぐに芽を出せるような潤沢なスペースがないと感じます。Keppleはそのようなエコシステムの違いをいち早く察知し、ナイジェリアやケニア、コンゴ民主共和国(DRC)だけでなく、アフリカ大陸全体のエコシステムと連携しています。結果として、日本のエコシステムとアフリカのエコシステムに多くの注目と協力が集まるようにもなり、多くの日本のファンドが参加するようになりました。つまり、Keppleはプールを開放する先駆者の役割を果たしているのです。ですから、このポジティブな関係はとても「共生的なもの」だと思っています。
ロールモデルであり、メンターであり、親友のような存在
--まずは、ここまでのOyinsanさんのお話を聞かれての感想をお願いします。
品田:他の投資家やエコシステムにおける各ステークホルダーを鼓舞する姿勢について、私としては本当にOlu(Oyinsan氏)を尊敬しています。彼が市場でチャンスを見つける方法はとてもユニークだと思います。まさに2018年のような早い時期から、既成概念にとらわれず、エコシステムにおける従来の投資家との差別化を図ろうと考え始めたVC投資家の一人だと思います。その頃、私はまだ大学院生としてHarvard Business School(HBS)にいて、そのタイミングですでにOluとは会っていました。そんな中2018年に、HBSのアフリカ・ビジネスカンファレンスという会合で彼に連絡したところ、5分ほど時間をもらうことができ、HBS卒業後のVCファンドの立ち上げ計画について話を聞いてもらいました。Oluは私のロールモデルであり、メンターであり、親友のような存在です。
--協業という観点で、具体的にどんな点がありがたいと感じていますか?
品田:ナイジェリアへの投資を始めたばかりの私にとっての最大の悩みの種は、どうやって現地の素晴らしい案件にアクセスするか、またどうやって他の投資家や創業者たちと関係を築くかということでした。Oluと仲良くしていたおかげで、いろいろな人や機会にアクセスすることができたのです。また、私たちがほとんど同じ世代やバックグラウンドに属していることも良かったと思います。アフリカの外で一度働いていることで、同じようなリスクとリターンの視点を共有しているといえます。その経験を踏まえて、アフリカのスタートアップに投資するということがどういうことなのかを理解できています。Oluのような人が隣にいてくれるのは本当に心強いですし、何かアドバイスが必要なときは、いつも彼に声をかけています。非常に相補的な関係だと感じています。地元の投資家と日本のグローバル投資家がいかに協力してエコシステムを発展させることができるかを示す、素晴らしいショーケースだと思っています。
--お互い、出会った当初と現在での印象の変化としてはいかがでしょうか?
Oyinsan:サトシ(品田氏)に最初に会ったときの印象は、多くの日本人がそうであるように「あまりしゃべらない人」というものでした。でも、一緒に案件を見ていくうちに、この人にはテーゼがあって、彼らには彼らのスタイルがある、ってことを理解していきました。大声で主張しなくても、考え抜かれた戦略があり、それを貫き通すのです。だからこそ彼が「この取引に注目だ」と言えば、立ち止まって考えるようにしています。なぜなら、その背後に確固としたメソッドがあるからです。それに、彼は見た目よりもずっと逞しいです。コンゴ民主共和国からナイジェリアまで、彼はトラブルのある場所、アグレッシブな場所にいるのが大好きなんです。実際、僕よりアグレッシブかもしれませんね。いろんな場所に行くことを恐れていないおかげで、最高のチャンスを見つけることができます。
品田:この5年間でOui Capitalがどのように進化してきたかも見てきました。とても素晴らしいです。彼はチームを作り、自分がやってきたことをそのチームに委ねようとしています。そして今、チームは有機的に成長しています。私がこのオフィスに来るたびに、素晴らしい才能が集まってチームが発展してきています。また、VCには多くの仕事や管理業務があるわけですが、Oui CapitalではVCのバックオフィス業務の多くを自動的に処理できるようなインフラ整備を進めています。だからこそ、創業者の見極めに集中できているんだろうなと思います。
アフリカ大陸は多くのチャンスに満ちている!
--両社のコラボレーションについて、中長期的なビジョンをお聞かせください。
Oyinsan:私たちはすでに非常に良い協力関係を築いています。ポートフォリオが重なっている部分もあるので、これからもいろいろなものを一緒に見ていくことになるでしょう。私たちはナイジェリアでの投資に長けています。しかし、ナイジェリア国外にも投資しています。そしてKAVは、ナイジェリア国外での投資機会を獲得するための強力なネットワークを構築しています。ご存知のように、彼らはケニア周辺に強力なポートフォリオとチームを持っています。基本的には東アフリカをカバーしており、これは非常に大きなことです。私たちは今、ナイジェリアと日本で多くのネットワークを共有しています。コラボレーションという意味では、より多くの案件を一緒に見ることができるようになるでしょう。
品田:幸運なことに、私たちは唯一のファンド・オブ・ファンズとしてOui Capitalに投資し、それが、アフリカにおける協力関係をどのように築けるかを考える大きなきっかけとなりました。両ファンドを合わせて抱えている多様なLPベースは、そのまま投資先企業への戦略的付加価値の源泉になっています。
--日本のビジネス層へのメッセージもお願いします。
Oyinsan:アフリカはビジネスのために開かれており、いま、多くのチャンスに満ちています。もちろんそれは、ただ単に投資や協力の場として安全で有益でリターンが大きいことだけでなく。コラボレーション対象である企業が多く存在することも意味します。コラボレーションすることで、互いにとってメリットのある形で市場開拓できるのです。先ほどからお伝えしている通り、KAVはその最前線にいます。企業のVCがアフリカにビジネスチャンスを見出す手助けをしていて、それは当面続くことになるでしょう。ちなみに、2024年には日本に行く予定です。本当は2019年にいくはずだったのですが、COVID-19が襲ってきたので断念しました。これも楽しみにしています。
品田:日本企業や日本人は何かとインハウス(社内)で物事を進めようとする傾向があると感じています。私たちも日本発のVCとして、日本のLPをオンボーディングしてきているわけですが、組織としては非日系VCになりつつあります。日本人以外のパートナーもいますし、チームメンバーのほとんどが日本人ではありません。そして、ナイジェリアのPE(Private Equity)ファンドとのジョイント・ベンチャーで
現在のファンドを運営しています。これは日本企業にとっても、日本のVCだけが投資検討のテーブルにあるわけではないことを理解することに寄与していると思います。KAVとしては、潜在的な日本企業に働きかけることで、アフリカでの現地提携戦略を多様化させるチャンスがあると思っているのです。引き続き、日本のリソースや日本企業、日本のパートナーを、Oui Capitalのような現地のプレーヤーに紹介する
「ゲートウェイ」の役割を果たせればと思っています。いずれにしても、Oluが日本にいらっしゃるのを楽しみにしています。
取材/文:長岡武司