日本国内において2022年より本格的に注目されるようになった「Web3」トレンド。その流れに付随して、ブロックチェーンが実現する新たなる組織運用のあり方として、ミッションドリブンなコミュニティを前提とする「DAO(分散型自律組織)」への期待値も着実に高まっている印象だ。
一方で、実際にDAOの運営に携わっているメンバーからは「DAOの規模が大きくなればなるほど、ガバナンス(直接民主主義的な組織運営)の難度が非常に高くなる」というお話をよく耳にする。
プロジェクトの規模が大きくなれば、それだけ管理工数も増えることは直感的に理解できるが、DAOのガバナンスの場合はさらに、複数の要因が重なって「大変」なんだという。その要因は何なのか?そして今回のキーワードとなる「プロフェッショナルデリゲート」は、そのハードルに対してどのような対応をする存在なのか?
今回は、プロフェッショナルデリゲート向けマネージングツール「Senate」(読み方:セネイト)を開発する永田公平氏にお話を伺った。
プロフェッショナルデリゲートとは?
普段は特定の場所に定住せず、世界中を旅するように移動しながら複数のWeb3プロジェクトに参画しているという永田氏。インタビューを実施したタイミングでは、10月11日〜14日にかけて開催されたDevcon(2014年より開催されてきたイーサリアム最大のデベロッパーカンファレンス)に参加すべく、コロンビア第2の都市であるメデジン(Medellín)で生活をしている状況であった。
そんな永田氏が現在メインで従事している取り組みの一つが、「プロフェッショナルデリゲート」向けのマネージングツール開発だという。
デリゲート(delegate)とは代表者や代議員などと邦訳される言葉なのだが、DAO運営の文脈では「ガバナンスの権限を移譲されている者」のことを指す。このようなDAOガバナンスのデリゲーションが起こる背景として、永田氏は「DAOのガバナンスは、ちょっと参加するくらいでは到底追いつけないくらいに忙しい」ものだと説明する。
「非中央集権的な組織をロバスト(強固)で安全なものにする上でガバナンスは重要な要素なのですが、実際にガバナンスへと参加するのは大変です。たとえばdaiというステーブルコイン(安定通貨と連動するよう設定された暗号通貨)を発行しているMakerDAOでは、毎週10本以上のプロポーザル(議題)が出てきていて、しかも1つのプロポーザルに対して大量のディスカッションフォーラムがあって、常にテキストチャットの議論が行われています。フルタイムで参加していないと、議論についていくのは無理です」
このような背景もあり、主にDeFi(分散型金融システム)のDAOコミュニティにおけるガバナンスへのコミュニティメンバー参加率は、およそ3〜5%とどこもかなり低い状況になっているという。
永田氏は、このようなガバナンスのペインを解消するために、所有トークン(ガバナンストークン)に応じた直接民主主義から、「ガバナンスに参加する意欲がない人が自分の投票権を他のメンバーに委ねるデリゲーションへのシフトが行われるようになってきた」と説明を続ける。
「集めた投票権の数や議論への貢献度合いをベースにして、DAOからデリゲートへと報酬のトークンが配布されるという仕組みができてきました。プロフェッショナルデリゲートとは、このような形で報酬を受け取りながら、フルタイムでDAOのガバナンスに参加している人たちのことを指します。すごく面白いトレンドです」
デリゲーション活動をサポートする「Senate(セネイト)」
一方で、フルタイムで議論・投票に参加するプロフェッショナルデリゲートであっても、複数のDAOの中で行われているすべての議論や投票に参加するのは大変なことだ。たとえばMakerDAOに大量にプロポーザルが上がっているときに、別のDAOで突然、エマージェンシープロポーザルが上がるということがよくあると、永田氏は説明する。
当然ながら常にそのような事態に対応できるわけではないので、エマージェンシープロポーザルに気づかずに投票ができなかったり、プロトコルリードやアナリスト、マーケターといった多様な役割を担うメンバーとのコミュニケーションがうまくいかなかったり、プロフェッショナルデリゲートならではの悩みは多いと言う。
永田氏が開発を進めているプロフェッショナルデリゲート向けのマネージングツール「Senate(セネイト)」(Twitterアカウントはこちら)は、プロフェッショナルデリゲートがキャッチすべき重要な情報をアグリゲート(収集)し、〆切間近であるにも関わらず投票されていないプロポーザルがある際に、設定したチャネル(Discord、Slack、Telegram、EPNS等)に向けて通知をしてくれる。
もちろん、オンチェーン・オフチェーン両方において、プロポーザルのタイトルやリンク、デュータイム(投票締切日時)、投票ステータスなどの情報を収集してくれるので、知らない間に投票が終わってDAOの方向性が変わってしまうなどの事態を未然に防止してくれるわけだ。
また、自分宛だけでなくチームメンバーにも通知を送り、投票後は情報を共有することができるようになっているので、プロポーザルごとにメンバー同士でコミュニケーションをとって意思決定ができるという、コラボレーションツールとしての機能も期待できるわけだ。
中長期的には最大で300〜400万円ほど稼げる仕事になる
ガバナンスをサポートするツールと聞くと、すでに開発されていそうなものだが、永田氏は「非常にニッチだからこそ、現時点では存在しない」と説明する。ニーズとして顕在化していないようなインサイトに沿ったプロダクトだからこそ、市場として立ち上がるのはこれからであり、具体的な売上も中長期的な視点で考える必要があると言うのだ。
「現時点で言うと、全く儲かりません。そもそも、デリゲートとして参加して報酬を得るということがまだレアケースで、去年(2021年)8月にMakerDAOが“Recognized Delegates Program”をはじめたのが最初でした。デリゲートに対してちゃんと支払えているプロジェクトはまだ2〜3個しかなく、デリゲート側の収益という意味ではまだまだもらえていません。
でも、多くのDAOはこれからどんどんとデリゲートにフォーカスしようとしていて、マーケットは間違いなく大きくなっていくと考えています。まだまだニッチな領域ですが、これから広がっていくマーケットだと捉えています」
DAOのガバナンスにとって重要なプロフェッショナルデリゲートという存在は、まだ国内ではほとんど認知されていない。DAOに焦点を絞って数多くの開発プロジェクトに携わってきた永田氏だからこそ、いち早くその存在に気付けたと言えるだろう。
ちなみに、デリゲートが報酬をもらうというケースそのものはレアであるが、受け取れる額は相応にボリュームがあると、永田氏は説明する。
「MakerDAOの場合は正式なプロセスを経て“Recognized Deligate”というものにならなければいけないのですが、報酬額としては今はだいたい最大で300〜400万円くらい稼げると思います。もちろん、コミュニティメンバーからめちゃくちゃデリゲーションを集めなければいけなくて、まだそこまでの額は誰も実現できていないと思いますが、将来的にはそれくらい稼げるジョブになると思います」
デリゲートになるとレピュテーションを稼ぎやすい
永田氏の所感によると、プロフェッショナルデリゲートには「プロダクト開発型」と「コンサル型」と言う2つのタイプが存在すると言う。
デリゲートになるとコミュニティの代表としてDAOのガバナンスに参加するので、周囲からのレピュテーションを稼ぎやすい。仮に短期間であっても一気に知名度を挙げることができるので、事業としてのブランディングを進めたい企業にとって、プロフェッショナルデリゲートとしての参加はセールス面、マーケティング面、およびブランディング面のいずれにおいても魅力的なわけだ。
プロダクト開発型の一例として永田氏があげるのが、アナリティクスツールを開発しているFlipside Crypto。同社はこれまで様々なプロトコルのガバナンスへと積極的に参加していることから、DAO界隈ではある程度の確固としたブランドが築き上げられていると言う。
「Flipside Cryptoの場合、アナリティクスデータを作っているので、データドリブンなデリゲートだというブランディングが重要です。なので、例えば定期的にDAOの重要なメトリクスをリサーチして、 『このデータが示すものは〜なのでこういう意思決定をしました』といった形でアナウンスしつつ投票するのです。基本的にはフォーラムでアクティブに参加して、コミュニティメンバーからリスペクトを得られるような活動をするわけです」
もう一つのコンサル型として永田氏があげるのがGauntletである。同社は、各DeFiプロトコルのトークノミクスを設計するコンサルとして参画しているのだが、DAOとの関係性を築く手段の一つとして、デリゲート活動を重ねていったという。デリゲートとしてレピュテーションを稼ぎ、DAOについて深い理解があるというブランディングをしつつ、必要なところがあればプロポーザルを作ってコンサルとして入るという流れを構築しているわけだ。
コーポレートモデルのDAOって、DAOである必要ある?
複数のDAOを横断して見ていると、「DAO内で一種の政党に分かれていくのが面白い」、「今まで何百年と実験を行ってきた政治プロセスを2年間に凝縮したみたいな印象だ」と永田氏は言う。
「直接民主主義から間接民主主義になって、間接民主主義から政党が生まれてと、言うなれば全く同じプロセスを辿っています。例えばガバナンスのクオリティが高いことで有名なMakerDAOでも、わかりやすく政党みたいなものができています」
MakerDAOでは、Rune Christensenという創業者が「Endgame Plan(エンドゲームプラン)」という、プロトコルをより非中央集権的にしようとする計画を発表し、2022年10月初旬にMIPs(Maker Improvement Proposals)と呼ばれるプロポーザルを提出している。Endgame Planは、MKRトークンの保持者やデリゲート、daiコインの保有者、そのほかのコントリビューションメンバーなど、MakerDAOを取り巻くコミュニティメンバーのインセンティブを調整することで、プロトコルのガバナンス機構が改善されることが期待されて起案されたものなのだ。
一方で、その対照にいるメンバーの一人がハス(Hasu)と呼ばれる人物。同氏はアンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz)をはじめとするベンチャーファームからのデリゲーションを主に受けており、Rune Christensenと比較すると、よりプロフィット(利益)の最大化を目指したガバナンスモデルを志向していると言える。
「MakerDAOのトークンのうち、およそ10%くらいをアンドリーセンが持っているのですが、最近積極的にDAOのガバナンスをしようとしています。Endgame Planでは既存の大きなDAOを小さなチームへと再編成しようとしているのですが、それに対してアンドリーセン側は『おいおいおい』と。『勝手に実装されて価値を落とされたら困る』というわけなんです。色々な政党がいて面白いですよ」
このMakerDAOの例に出てきたようなプロフィットの最大化を目指すようなDAOの運営モデルは、通称「コーポレートモデル」と表現することができる。つまり、DAOではあるものの、既存の株式会社により近い概念で運用されるものだ。
最近のトレンドとして、直接民主主義がいまいちワークしないことから、このコーポレートモデルへと近づこうとするDAOが増えてきているのだが、これに対して永田氏は「それであればなぜDAOなのか?」と疑問を呈する。
「CEOやCOOみたいなピラミッド制で意思決定権をもっている人たちを作り、その人たちに意思決定をさせるみたいなやり方は、確かに効率性は上がります。でも、そうなった場合に『なんでDAOをやってたんだっけ?』となるわけです。『それ、株式会社でできるじゃん』と。最近ヴィタリック(Vitalik Buterin:イーサリアム考案者)も久しぶりにDAOに関するブログを発表したのですが、そこでもコーポレートモデルへの移行は完全に間違っていると記述されています。『そもそもほとんどのプロダクトはDAOになる必要がなく、安全・安心であることが効率性よりも大事なもの、少数なものこそがDAOになるべきだ』といった旨の内容が書かれていて、僕はすごく同意でした」
ほとんどのDAOは、DAOじゃなくて「トークナイズドコミュニティ」が正しい
コーポレートモデルへの緩やかなシフトの他にも、永田氏は昨今のDAOに対する社会の認識について何点かの課題意識を持っているという。その一つが、何でもかんでも分散化するものだと考えられていることだと強調する。
「そもそもみんな、プロダクトが完成してPMF(プロダクトマーケットフィット)する前にDecentralize(非中央集権化)するのか、それとも効率性をとるのかという議論をするのですが、プロダクトを作っているときに非中央集権化するのなんか、絶対に間違っています。プロダクトを作りきらないと、安全・安心である前に、そもそもプロダクト自体に価値がないので」
一般的に知られている通り、非中央集権化された組織体制においては、少数の意見を汲み取った上での意思決定ができるというメリットがある反面、意思決定のスピードが落ちるというデメリットが存在する。最初から非中央集権組織でプロダクト開発を進めようとすると、プロダクトはいつまで経っても完成しないことは容易に想像ができるだろう。だからこそ永田氏は、「まずはコアチームでゴリゴリにセントラルでプロダクトを作り、PMFした後に完璧に非中央集権的なものにする」という手順が必要だと説明する。
また、多様な意思決定を1種類のトークンで対応しようとするのも、限界がある仕組みだと続ける。
「例えばMakerDAOには、20個程のコアユニット・ワーキンググループがあるのですが、20個すべての意思決定を1つのトークンでやろうとするので、毎週10個近くのプロポーザルが次々と上がってきます。でもそれって絶対に間違っていると思います。どうやってガバナンスパワーを分散化するかという問題はありますが、各専門領域の人に特定の意思決定力だけを渡すなど、もっとガバナンスのスキームをアップさせることは可能だと思っています」
さらに、先ほどのコーポレートモデルの際にも出てきた「なぜDAOじゃなければいけないのか」の議論も、まだまだ不足していると言う。
「サービスDAOやインベストメントDAO、ソーシャルDAOなど、様々なDAOが世の中にあると言われていますが、本質的にDAOになる必要がないプロジェクトも同じことをやろうとするから、余計問題が大きくなって複雑になって、結果として『DAOってダメじゃん』みたいになってしまっていると感じます。DAOの場合はDecentralized governance(非中央集権型ガバナンス)を実現することがコアなのであって、そうでないプロジェクトは『Tokenized community(トークナイズドコミュニティ)』という表現の方が、僕はすごく正しいと思います。自分としては、DeFiプロトコル以外はDAOじゃないと思っているので、だからこそSenateもDeFiプロトコルのガバナンスに特化して作っています」
冒頭でコメントされた通り、ガバナンスの参加率が3〜5%程度であると、結局は少数メンバーが意思決定をするコーポレートモデルと本質的には変わらない構図になってしまう。だからこそ、プロフェッショナルデリゲートはこれから急速に重視される存在になることが想定され、Senateのような専用ツールへのニーズもそれに付随して高まるだろう。
なお、今回はSenateの開発プロジェクトに特化して活動紹介をしてもらったが、永田氏はこのほかにも複数のプロジェクトや活動を兼任している。例えば毎週日曜日にTwitter経由で発信している「This Week in DAOs」というニュースレターでは、その週に起こったDAO関連のニュースを選抜して紹介している。DAOに関する良質で最先端のニュースをチェックすることができるので、興味のある方はぜひフォローして購読してみることをオススメしたい。
★インタビュー動画(前編&後編)
★ポイントをまとめたショート動画(4本)
取材:湯川 鶴章、遠藤 太一郎
文:長岡 武司